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突然なにを言い出すのかとも思ったが、雪男の声音が存外耳に心地好かったので、少し思い出話に付き合うことにした。
おそらくはさっきまで騒がしい中にいたから、余計にそう思ったのかもしれない。

「確か神父さんが、兄さんの誕生日プレゼントを隠しちゃったんだよね」
「そうそう。あのクソ親父、雪男にだけは素直にプレゼント渡したくせに、俺のは隠したとかマジありえねぇ」
「あの時の兄さん、ホント悔しそうだった」
「悔し“そう”だったんじゃなくて、本気で悔しかったんだよ」
「知ってるよ。だって僕その後兄さんに頭叩かれてるもん」
「…もしかして根に持ってんのか?」
「さぁ、どっちでしょ?」
「うわぁ、なんだそれ。ホクロメガネのくせに」
「ホクロメガネ言うな。…まぁ、その後盛大に笑わせてもらったからいいんだけどね」
「ホントありえねぇし。普通木の上にプレゼント隠すか?」
「でも兄さん、自分で見つけ出したじゃない」
「二日後にな…」
「しかも足滑らせて木から落ちたんだよね」
「あん時はマジビビったね。俺死んだかと思った」
「それはこっちの台詞だよ。まさか頭から真っ逆さまに落ちてくるとは思わなかった」
「前の晩に大雪降ってて助かったぜ」
「頭から突き刺さってたもんね、雪に。…ははっ」
「おいコラ笑うな。人の生死が掛かってたんだぞ」
「でも結局たんこぶだけで済んだでしょ?」
「そうだけど…。あー、今思い出しても腹立つ、あのクソ親父め」
「僕が手当てしてる間、神父さんずっと笑ってたもんね」
「お前もな」
「あ、バレてた?」
「当たり前だっ」

そうしてまた会話は途切れ、静寂が訪れる。
わぁ…と、勝呂達の声が一際大きくなった気がした。

「…ねぇ、兄さん」
「うん?」

先ほどまで耳に心地好かった雪男の声音が、少しだけ硬さを帯びた。
けれど燐は天井から視線を外さない。
雪男もまた、天井を見つめたままだ。

「僕達は、いつまでこうしていられるのかな?」
「………」

雪男の問いに、燐はなにも反応を返さなかった。
しかし雪男がそれを気にすることはなく、またポツリと言葉が紡がれる。

「こんな穏やかな日々は、もう来ないとばかり思っていたのに…」

養父が…藤本獅郎が亡くなったその瞬間から、雪男の胸にはぽっかりと穴が開いたようだった。
それは燐も同じで……いや、目の前で養父の死に際を目の当たりにしたのだから、もしかしたら燐の方が雪男よりもよっぽどひどいかもしれない。

「僕達は……幸せになっても、いいのかな…」

それは雪男の、珍しい弱音だった。
誕生日という特別な日がそうさせたのか、はたまた懐かしい思い出話がそうさせたのか。
普段は絶対に己の心の内を曝さない雪男が見せた、不安な胸中。

「ケッ、んなこと俺が知るかよ」

しかし弱々しい声音の雪男とは反対に、燐がバッサリとそれを切り捨てた。
その言葉に思わず燐を振り向けば、燐は強い光を宿した瞳で雪男を見つめていた。

「いつまでこうしていられるかなんて、そんなの誰にも分かんねぇよ。もしかしたら明日には悪魔に世界中乗っ取られて、俺達は死んでるかもしれねぇんだ」
「そう、だよね…」
「でもまぁ、そうなったらもがけばいいんじゃね?」
「え…?」

そう言った燐の瞳は、とても優しいイロを浮かべていた。
なんだかそれが養父と重なって見えて、雪男は燐から目を逸らすことが出来なかった。

「だって悔しいだろ。同じ死ぬにしても、精一杯もがいて抗って、自分に出来ることは全部やりてぇじゃん」
「結局は死ぬのに…?」
「もしかしたら変わるかもしれねぇだろ。もがいてたら、運良く魔神倒してるかもだし」
「そんな都合のいい話ある訳ないじゃない」
「だから“かも”だって。やる前から諦めててどうすんだよ」
「もがいて…それでも駄目だったら?」
「俺は諦めねぇし」
「……はぁー、兄さんが羨ましいよ、まったく」
「あ、今バカにしただろ」

プクリと頬を膨らませて不機嫌を表す燐に、雪男は知らず知らず口元に笑みを浮かべていた。
どうして兄はいつもこうなんだろう。


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