「それでは失礼します」


きっちり頭を下げてから部屋を出る。今日は比較的簡単な仕事だった。
医学部の最上ともなれば、何故か自然と大学、あるいは大学関連施設で仕事がある。
理由は明解。単位の為だ。
教授に頼まれた資料探しから大学部の試験監視、あげくの果てには解剖予定の動物の餌やりまである。膨大な内容から、自分に見合った物を決められた時間こなすだけだ。
勿論、難しいものや忙しいものは点数が高く、単位取得の早道だ。けれど、今日は何がなんでも午前中に終わりにしたかった。

今日は12月26日。

明日は、僕と兄の誕生日だ。



早めに終わりにした仕事は点数も低い簡単な物だけれど、点数なら十分そろっている。
年明けには単位として評価されるだろう。


人気のない廊下を歩く。資料室の前で、鍵を取り出した。
鍵穴にそれを差し込み、かちゃりとドアノブを回す。
ドアをくぐれば、クリスマスも終わって落ち着いた町並み。
大通りを少し歩き、こじんまりとした花屋に入る。
予約の最終確認をするためだ。


「いらっしゃいませ」
「予約確認にうかがいました」
「奥村様ですね。さ、こちらへ」


初老の店主に小さな丸いテーブルに案内され、マフラーとコートを脱ぐ。

出てきたハーブティーに口を付ければ、柔らかな花の香。
寒さによってだろう。無意識に体が強張っていたのがよくわかる。

「それでは、こちらのカードにお言葉を・・・」
「はい」


差し出された二つ折りのカードに万年筆を走らせる。

黒に金のラインが通り、エメラルドがラインストーンとして3つ埋め込まれた万年筆。
この万年筆は、僕が大学の合格通知を見せたときに兄がくれた物だ。


『おめでと・・・これ、やる』


その時の様子は、なんど思い出しても、かわいらしかったなぁ、と思う。
だんだん尻つぼみになる声も、真っ赤に染まった頬も。
それから、安堵故の涙も。


カードを二つ折りし、店員に渡す。
ふと左手に目をやれば、プラチナ製の指輪。シンプルなそれは、一対になっている。


『学生の癖に、こんなの買って・・・馬鹿やろ・・・っ』


万年筆を受け取った後、さんざん貪ったのち。左手の薬指にこの指輪の一対をはめ、一生の愛を捧げた。
泣きながら、怒りながら、嬉しそうな笑顔が嬉しかった。


「それでは、お預かりいたします」
「よろしくお願いします」


深々と頭を下げる店主に軽く会釈をし、思い出に浸りながら店を出る。
腕時計を見れば、もうすぐ12時だ。途端に空腹を覚え苦笑する。
兄の料理で、少なからず舌は肥えている。
それが関係しているのかいないのか。変な事に、簡単に店に入るのは嫌いだった。
しかし、自覚した空腹感はなりを潜めなどしてくれない。
さて、どうするか・・・と昼食の事を考えていたら、携帯が鳴った。
コートのポケットの中で震えるそれを手に取り、表示を見れば、愛しい兄の名前。
逸る気持ちを抑えるように、深呼吸をしてから通話ボタンを押した。


「兄さん、どうかした?」
『あ、雪男・・・』
「・・・どうかしたの?」
『・・・その、飯、どうすんのかなーって・・・』
「まだ食べてないんだけど・・・兄さんも、まだ?」
『お、おう。帰ってくんの?』
「うん、そうする」
『ん・・・。じゃ、まってる』


へへ、とはにかむ様子が目に浮かぶ。
通話をきると、足早に兄の元に向かった。
綻びそうな口元を必死に抑えながら。


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