雪男は頷くとまた廊下を走った。しえみは「いってらっしゃーい」と貧血な筈なのに元気に両手を振って雪男の背中を見送ってくれた。
その元気な声に出雲が「うるさい」と注意する声さえ聞こえた。雪男は胸の奥がくすぐったくなって、口の端を無意識に持ち上げた。

皆が雪男の背中を押して彼の元へと誘ってくれる。
ああ、やはり彼らもずっと燐と自分の味方だったのだと今更ながら実感が湧いて嬉しくて仕方がなかった。
祓魔師だったら魔神がここに来ていると知った時点で他の本部に知らせないといけない。

彼らや彼女たちがそんなことを決してしないとは分かっていた。
だがそれでも嬉しくて胸が熱くて堪らない。

雪男は居場所もどこか分からない燐のいる場所へ行こうと必死に走った。また微弱に地面がグラリと揺れ、足を止めて窓の外へと視線を移した。窓の向こう側からは煙が上がっている。
早くしないとそろそろ怪我人が出るだろう。だが居場所も分からず、この建物の中全体を探すとなるとかなり骨が折れる。
雪男は煙が見えるさらに向こう側で見慣れた建物が見えた。

高校生の時、燐と共に過ごしたあの場所。

オンボロの寮が建つその場所へ、雪男は慌てて向かおうとした。だが走っていくよりも鍵で行った方が早いと雪男は鍵入れの中から今は全くと言っていいほど使っていない鍵を取りだして鍵穴へと差し込んだ。

何度か深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。雪男はそっと胸ポケットに触れると、小さな硬い膨らみに安心した。

扉を開く。そのドアノブを回す手は驚くほど震えていた。だがそんなことどうでもいい。
彼に会えるのだという想いだけでいっぱいだったからだ。ゆっくりと押した扉はなんの抵抗もなく開いてくれた。

扉を開けた先には、迎えにくるからと約束した、あの頃と変わらない姿のままの彼がいた。

何か声を掛けなければならない。なんでアマイモンを寄こしてきただとか、なんで皆貧血を起こして弁解をしてくるのだとか、どうして会いにきたのだとか、言いたいことは山ほどあった。

だがそのどれも声にならない。だってあれほど焦がれたものが形を纏って、いま雪男の目の前にいるのだから。

もう誰も住んでいない、埃の積もった机に座る彼は、雪男を見るなり目を細めて優しく笑う。

「ただいま、雪男」

「兄さん…」

おかえりの言葉は震えて空気に溶けてしまった。


next
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -