都壊心中(1/2)



なまえちゃんとお別れして、なまえちゃんを手放して、僕は1人フラフラと帰り道を歩いていた。
陽はもうとっくに沈んでいる。さっきまであんなに晴れてたのに、空は分厚い雲で覆われていて星一つ見えない、嫌な感じだった。
雨でも降りそうだ、と、重たそうな、涙を溜めた目みたいな雲を見つめて思った。
その時僕は、自分の肩がびしょ濡れなことに初めて気づいたんだ。

────あれ。今日って、本当に晴れてたっけ。


瞬間、ザァッと雨が降り出した。あっという間に自分の手のひらがびしょ濡れになっていくのを見つめてから、水を吸って更に重くなった体をズルズル引きずって、家へと急いだ。

そこからどうやって歩いたかはよく覚えていない。気づけばぼくは、なんだかよくわからない場所にひとりで座り込んでいた。
真っ白いのに七色で、限りないのに何にもない、ぐにゃぐにゃと揺れる世界で、ひとり。
こんな景色どう考えても、明らかにおかしいのに僕は夢心地で、ここと同じの真っ白で七色でぐちゃぐちゃの頭を首の上に乗っけて、何も考えられないままぼーっとしていた。すると、いつの間にか僕のすぐ近くにおいてあった黒電話がジリリリリと音を立てて鳴った。
ぼくは咄嗟に、なまえちゃんかもしれない、と思って電話に出ようとした。



「出てはいけない」



もう少しで電話に触れそうだったその時だ。誰かが後ろから、そう言って僕を止めた。
振り返る。遠くの方になにか見えた。目をこすってよく見てみれば、くしゃくしゃの紙みたいな人の形をした白い何かが、ぐにゃぐにゃしながらこっちに近づいてくる。
電話は鳴り続いていた。早く出てくれと言わんばかりにうるさくて、僕はだんだんイライラしてきた。こんなにないて、なまえちゃんが、寂しくなって電話してきてるかもしれない。なんで止めるの。



「出てはいけない」

「うるさい」



僕はくしゃくしゃを無視してとうとう受話器をとった。受話器から聴こえるのは、酷い砂嵐の音。どうやら向こうは大荒れらしい。



『ザー、…ザー、ザ、ザ…』

「なまえちゃん?」

『ザーー…ブツ、×○?#◆△※***、Are you my person concerned?』

「日本語でおねがいします」

『Shut up! You should answer early!*※!○◆+#△#@!!!』

「しつれいします」



ガチャン

電話を切って、黒電話を見つめる。一体どこにつながっているんだろう。たぶん地球の反対側とかにちがいない。アメリカってどのへんにあるのかちょっとわかんないけど、きっとうんと遠くだ。
しばらくして、またジリリリリとけたたましい音で電話が鳴った。慌てて僕は受話器を取った。



「なまえちゃん!」

『さよなら』

「──────、」



冷たい、温度のない声。
僕は言葉を失って呆然とした。そうしてまばたきした瞬間に、いつの間にか距離を詰めていたくしゃくしゃの人間が、僕の顔をじっとのぞき込んでいた────────
────




ぱちりと目が覚めた。すごく、すごく嫌な夢を見た。気持ち悪い。あたりはいやに静かで、頭の中には電話の音だけが反響していた。起き上がって時計を見れば、朝の4時。
布団からでるのがすごくたるかったけど、僕は無理やり起き上がって、スーツに着替えて、パンを食べて歯を磨いた。それから静かに行ってきますを言って家を出た。返事は返ってこなかった。



*******



すこしずつ起き出した街をひとり歩く。
あの日からこの街はずっと雨で、廃墟たちが水滴の音をぴちゃんとお腹で反響させているのを、僕は歩きながらずっと聴いていた。
いつも朝に会っていた、ランニングをしているお兄さんや、散歩をしているおじいさんは、黒い靄になってもなお同じように歩いている。
──────死んじゃったんだ、みんな。あれはきっとユーレイだと思う

あの日やって来てしまった終末によって、僕の街はゴーストタウンになった。廃墟でもあるし、名前のまんまの、お化けの街でもある。
隣で寝ていた兄さん達やトド松すら、黒い靄になってしまったのには参っていた。カーブミラーに映る自分の顔を見るときようやく思い出す兄弟の顔に、心細くなりながら、ただただ廃墟群の中を歩いた。会いに行くんだ。あの日と同じに。

そうして着いたなまえちゃんの家に、当然あの日のような灯りはついていなかった。
そのあと駅に向かって、電車に乗って、やってきた海にもなまえちゃんはいない。日が登ってようやく開いた水族館、なまえちゃんはいない。ショッピングした街にも、何処にもなまえちゃんはいない。

気づけば僕は走っていた。なまえちゃん、なまえちゃんは、死んでしまったなまえちゃんは、どこに行ったんだろう。幽霊になったなら、楽しく笑いあった場所にいるかもしれないって、思ったのに。楽しそうに笑っている黒い靄たちと同じように、笑って。
がむしゃらに走って、なまえちゃんとの思い出が全部ぐしゃぐしゃになった頃には、もう夕暮れだった。あの日と同じ公園も、錆び付いて折れたブランコと、あの日座っていた壊れたベンチだけがあって、なまえちゃんはいない。
僕はようやく走るのをやめて、真っ赤に染まる夕焼け空を見つめた。

どうして。どうしてなまえちゃんはどこにもいないんだろう。どうしてなまえちゃんは。




その日、結局夜遅くに家に帰った僕は、また夢を見た。昨日とおんなじ夢だ。鳴り響く電話の先がなまえちゃんに繋がっていると今日も信じて、僕は受話器をとった。



「もしもし」

『みょうじなまえは地獄に落ちました』

「え?なにいってんの?なまえちゃんが地獄に落ちるわけないし!」

『なまえちゃんはどこにも居ないよ』

「どうして」

『わかっているでしょう』



わかんないよ。
僕の言葉なんて全く無視して、さみしい声でさよならを言われて、また夢は終わった。
無慈悲にもほどがある。せめて、なまえちゃんを天国に送ってよ。




目を開けると、今日は僕を心配そうにのぞき込んでいる黒い靄がいた。顔はわからないけど、チョロ松兄さんだ、となんとなくわかって僕は飛び起きた。チョロ松兄さんの隣にはたぶんおそ松兄さんがいて、ぽかんとするぼくに「やな夢でもみた?」と、なぜかすごく辛そうに聞いてくる。
ユーレイと話せる僕は、僕も、もしかしたら、ユーレイなのかな。そうだったらいいのに。そうだったら、きっとなまえちゃんに会える。



「……ううん、全然!ぼく、出かけてくる」

「えっなに急に、どこに?」

「なまえちゃんのところ」

「、……なぁ、十四松、気持ちは、わかるけど、なまえちゃんは」

「なまえちゃんは死んじゃった、って、ぼくわかってるよ」



わかってないって、僕が変だって、兄さん達は言いたいんだ。自分たちだって今変なのに。
僕が言えば靄はしばらく黙った後、ポケットから少し皺の寄った紙を取り出して、僕に突きつけてきた。受け取って見てみると、それは手紙みたいだ。



「なにこれ?」

「なまえちゃんのお母さんから」

「え?」

「なまえちゃんの手紙だって。いつ渡そうかと思ってたけど。」



もう渡していいよな。
そう言ったおそ松兄さんらしき靄は、チョロ松兄さんを連れて部屋を出ていった。
手紙を裏返す。そうして僕は、ぼくが確かにわかってなかったこと、忘れていたことを思い出した。
ああそっか。だからなまえちゃんは、天国に行けないかもしれない。


封筒には小さく“遺書”と書かれていた。
なまえちゃんはあの日、ビルの屋上から飛び降りて、しんだ。



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