都壊心中(2/2)



なまえちゃんが、あの明るい笑顔のなまえちゃんが自殺するなんて、そんなの嘘に決まってるんだ。そう思って、あの日僕は頭から無理矢理事実を追い出した。
それから毎日街をふらふらしている間も、あのビルだけはずっとずっと避けてた。思い出した今でも思う。そこにだけはなまえちゃんがいなければいいって。

だけど。



「───なんで、ここだけきれいなんだろう」



ビルの前に来てみれば、街中が廃墟になったっていうのに、そのビルだけはなんにも変わってなくて、傷一つなく綺麗で、あの日のまんま。
─────なまえちゃんはきっと、ここにいるんだ。ぼくとの思い出よりもここを選んだんだ。そう思うとすごく哀しくなったけど、ぐっと堪えて、中に入った。
エレベーターのボタンの最上階を押して、なんとなく目を閉じる。なまえちゃんがこの時何を考えていたのか想像してみると、最後の日のなまえちゃんと重なった気がした。

時間にしたら短いはずなんだけど、ずいぶん長くそうしていた気がする。ひょっとしたらそれは、死んだ後の世界まで行ったのかもしれない。
みんながユーレイだと思っていたけど、本当は僕がユーレイになってて、今からなまえちゃんに会えたらいいのに。
チンと軽い音が鳴って、エレベーターのドアが開いた。最上階に着いてから、屋上への階段を登って、通せんぼしている“立ち入り禁止”と書かれた札を避けてドアに手をかける。
鍵はがちゃがちゃと弄っていればすぐに壊れた。あんな事件があったのに、まだ対策はされていないみたいだ。しょくむたいまんだ、こんな鍵。

がちゃりとドアを開ければ、ぶわっと風が吹いて、僕は引っ張られるみたいにして屋上に出た。
ここ最近ずっと雨だったのに、そこはくらりと来るくらいに晴れていて、清々しい綺麗な青空が僕を見下ろしている。なまえちゃんが最後に見た色。あの日も、なまえちゃんがここに来た日もたしか晴れていた。
僕はなまえちゃんがいるんじゃないかと思って屋上を見渡す。一瞬、奥の方でフェンスを握りしめるなまえちゃんの後ろ姿が見えた気がしたけれど、それは僕の気のせいで、なまえちゃんはここにも、やっぱりいなかった。



「……なまえちゃん、」



誰が置いたのかはわからない、フェンスのすぐ近くにおいてある花束に近づく。
これはきっとあの日とは違うんだろうな。既に萎れた花束から、萎びた花びらが舞って僕の方にふりかかった。なまえちゃんみたいだと思っちゃったのが嫌だった。

フェンスの向こうは遠かった。すごく遠くて、簡単には超えられないものがあった。────なまえちゃんは、この距離を飛び越えて、そうしてまでもしにたかったの?なんで?
あんなに笑ってたのに、あんなに穏やかだったのに、あんなにきれいだったのに。なまえちゃんのこと、ぼくはすごく好きだったのに。
そう、だいすきだったんだ。ずっと一緒にいたかったんだ。もっと沢山あそびたかったし、なまえちゃんといろんな所に行きたかった。
なまえちゃん、どうしてなんにも言ってくれなかったの、つらかったなら、くるしかったなら、ぼくも一緒にそうしたかったよ。ぼく、なまえちゃんと友達だったのに、なまえちゃんのこと何にも知らなかった。



「なまえちゃん、そこにいるの、それならぼくも、ぼくもしにたいなぁ」



フェンスの向こう側に向かってそう声をかける。もう何度目かの絶望に力が抜けて、僕はとうとうその場に膝をついて、ぼろぼろと涙をこぼした。
そっちはさみしくない?ぼくはめちゃくちゃさみしいよ。なまえちゃんがいなくなった街は廃墟みたいで、いっつも雨が降ってて野球もできないし、全然楽しくないよ。つまんない。かなしいよ。
地獄でもいいんだ。なまえちゃんがいるなら、僕は暑いのも寒いのも我慢するから。一緒に針の山を登って血の池を泳ごう。そうしようよ。

泣きじゃくりながら、ぼくはフェンスに手をかけた。その時、突然ぼくの後ろからプルルルルと電話の音がした。
びっくりして振り返る。すると、入口の方に、どうしてか夢で会った紙みたいなくしゃくしゃの人間が、電話を抱えて立っていた。

そいつの腕の中で、未だ電話は鳴り続けている。くしゃくしゃ人間は何にも言わなかったけど、今度は出てくれ、って言ってるように思った。



「………出ていいの?」



くしゃくしゃ人間は何も言わない。
僕は少し怖かったけどそいつに近づいて、様子を伺いながらも電話をとった。
ノイズが聴こえる。だけど、夢の中ほどひどくはない。



『Allo?』

「え、?ちがいます、十四松です。なまえちゃん?」

『なまえちゃんはいません』

「じゃあだれ?なまえちゃんがどこにいるか知ってますか」

『いいえ、どこにも。死んだ後の世界は、今生きている人のためにしか存在しません。死んでしまったなまえちゃんは、きっとどこにも行けず消えただけ』

「………」



そんなことない、と言いかけて、僕はふと、そうかもしれない。と思った。すごくそれっぽくいうから、妙に納得した。それからぼくがなんにも言えないでいると、電話の向こう側の人は、続けて僕に話す。言い聞かせるような口調だった。



『人には、一人分の価値しか、ありません』

「……うん」

『例え、彼女があなたにとってかけがえのない人でも、あなたがあとを追うほどの価値は決してない』



向こう側の人は、説教するみたいに、けれど淡々と、そんなさみしいことを言う。だけど、その声がやさしさを含んでいることに僕は気づいた。

────なまえちゃんはしんだ。天国や地獄は、なまえちゃんのためにない。生きてる僕のためにある。都合良くかんがえて安心するためにあるんだ。
 ぼくは、なまえちゃんにはきっともう、どうしたって会えないんだろう。このフェンスの先には何も無い。なまえちゃんはそれをちゃんとわかっていたのかな。わかっていた上で、全部脱ぎ捨てて、消えちゃったのかな。だとしたら、ぼくは。




『彼女が自殺してもあなたは生きて行かなければなりません』

「……よくわかんないけど、わかったよ」



気づいたら涙は止まってた。そのときぼくには何もかもなくしたような胸の空きがあって、これからそれを抱えて生きていくのはつらいけど、今全部を投げ出すよりはずっといいんだと思う。

僕がわかった、と言うと、電話の向こうの人がひどく安心した気がした。今度は僕がさよならを言って、そっと受話器を置いて離れると、くしゃくしゃ人間は電話と一緒にあっという間に花びらになって消えた。

花びらが空にすっかり舞いあがったあと、そこにぽつんと残された、しわくちゃの遺書を拾い上げる。
なまえちゃんの最後の言葉を握りしめて、めくるめく青空を目に焼き付けてから、目を閉じて僕は思った。次に目を覚ましたら、僕はもうなまえちゃんのことを探しに行かないで、みんなとご飯を食べて、やきゅうしにいく。
何事も無かったみたいにすごすんだ。楽しく笑って、あそんで、新しく友達も作って。たまになまえちゃんのことをふと思い出してかなしくなったり、懐かしくなったりしながらも、少しずつ忘れて、生きていくんだ。
なまえちゃんの居なくなった場所を、さみしさをいますぐ埋めるのは少し難しいだろうけど。でも、きっとそれはいつまでもつづかないんだろう。あと80年も生きればきっと、その穴もいつかは埋まる。

そうしていつか死ぬときに………もしも、もしもただ消えちゃうんじゃなくて、天国や地獄があったなら、なまえちゃん、また会おうね。
すっかり忘れたぼくはなまえちゃんにはじめましてって言うから、なまえちゃんもはじめましてって言ってよ。新しい場所にいるなまえちゃんには、ぼくのことは忘れてこんどこそ楽しく過ごしてほしいんだ。

ぼくはまだ生きてるので、時々そんな想像をする。




160512
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