water lily



(すごい捏造)
(百合)



中学時代同じクラスだった橋本さんが、もうとっくに成人した今になって急に連絡をよこしてきた。
電話越しに会おうと指定された日には特に用事もなかったし、なにより私も彼女に会いたいと前々から思っていたから、私はすんなり橋本さんからの誘いをOKしたのだ。
そして今日、こうして待ち合わせ場所のカフェに来たのだけど。

────この、目の前に座っているピンクの髪の女の子は、一体誰だろうか。
私がまじまじと見ていると、その女の子はたしかに私の記憶の中の橋本さんの声で、私に話しかけてきた。



「なまえちゃん、久しぶり」

「あっ、うっ、うん!久しぶり、」



ああ、橋本さん、橋本さんだ、橋本さんか。
私はびっくりしてしまって、ついどぎまぎと返事をしてしまった。私と会わない数年の間で、彼女はずいぶん変わったらしい。
それは、当然のことなんだけど。時間はだいぶ経っている。私だって自分で言うのも変だけど、結構変わったもの。
だけどそんな私の変化なんて全然だ。橋本さんはもっとずっと変わった。帽子からはみ出しているピンク色の髪と、そこに入った緑のメッシュが何よりそれを主張していた。



「な、なんか、橋本さん変わったね」

「ああ、これ?」



なんとか喉から押し出した私の言葉に、待ってましたという顔をした橋本さんは可愛いピンクの髪の毛を摘んでにっこり笑った。



「私今ね、実は、アイドルやってるの。」



得意気だけど、でもすごく愛想のいい、あまい蕩けるような笑顔。彼女をぼんやり見つめながら、私がまず思ったことは『かわいい』だった。
橋本さんはかわいい、すっごく、かわいかった。確かにそこにはアイドルがいた。
橋本さんが、アイドルか。彼女の容姿や性格を考えても、有り得ないことなんかではなく十分想像のつくことなのに、私はよくわからないでいた。

────誰、誰だ、この子は。だって、あの頃の橋本さんって、もっと。
そう、橋本さんは学生時代も、確かにかわいいと言われていた。だけど一方では性格悪いとか何とか、そんなことを言われてしまうような人だった。
橋本さんは、正直な人。嫌なことがあったらすぐに顔に出るし、言葉にして投げつける。例え仲のいい人が相手でもふとした瞬間に刺があって、仲の良くない人にはとっつきにくくて。
おまけにすごく人を見下すところがあったから、彼女がいつも一緒にいたグループから弾かれていた時期だってあったくらいだ。

因みにその頃私は友達がいなくて、地味で、暗くて、真面目ぶって本を読んだりしながらいっつも端っこでイライラしてたんだ。

ある日の放課後、そんな私は橋本さんと空き教室でばったり会った。桜の見える忌々しいくらいに綺麗な窓のひとつでも割ってやろうと思って持っていた私の手のバットを見て、橋本さんは言った。あんたって、………────





「なまえちゃんも変わったね、髪茶色くしたんだ、かわいー」



そんな愛想のいい言葉に、私ははっとしてしまう。それからなんだかひどい気分になった。
橋本さん、あの頃の橋本さんは、いないんだなって。そんなふうに。
私はそれがショックで、橋本さんをバットで殴りたい気分になりながら言った。



「橋本さんは昔からずっと可愛いよ、誰よりも」



────そんなふうに取り繕って、にこにこしてクソみたいな男どもに媚びなくたって、歌って踊って夢売ったりしなくたって、橋本さんはうんと可愛いんだよ。
わたしは、それをずーっと知ってたよ。

空き教室でばったり会う前から、私は橋本さんは素敵だって、クラス1かわいいって言われてた媚びた声を出す八方美人なだけのエセマドンナなんかより、特別に可愛いって思ってたの。
あの日、話したことは今でも覚えてる。
───────
────




『…あ、みょうじさんだっけ』

『…橋本さん』



私が低くつぶやけば、橋本さんは私の手のバットをじっと見てから、今度はその大きな目で私を見た。
夕日が差し込む怪しい空き教室、橋本さんの表情は逆光でよく見えない。ただ、そこにある空気は、ひどく尖って美しかった。
橋本さんが、女の子らしい綺麗な指先でセーラー服のスカートをなでつける。それから首をかしげた。はらりと耳にかかっていた髪の毛が落ちた。



『あんたってさ、暗いよね。本ばっか読んでてつまんなそうだし、私正直あんたと一緒にいるのだけはいやだと思ってた』

『………』

『でも、ふーん。教室の隅っこで、本読みながらそんな事考えたんだ。ねえ、それ貸してよ。私もむしゃくしゃしてるの。もううんざり』



目を細めて、全部を馬鹿にしてるみたいな顔で橋本さんはそう吐き捨てた。
その横顔が、あんまりにもきれいで。私はどうしようもなく、心を奪われてしまったんだ。



『………橋本さんには、貸さない』

『なに、怒ったの』

『橋本さんはクラスで一番、誰よりも可愛いよ』



あんな、馬鹿な人達より────その先を言う前だ。橋本さんは私の言葉に目を見開いてから、フラフラと歩いてきて、私を抱きしめた。
それから「そうだよね、そうに決まってる、わかってくれるんだ。私、あなたのことちょっとすきになったよ」って言った。それは、あまりにも安い好きだったかもしれないけれど。
だけど私は、ひどく満たされた気がした。手の中のバットがカランと音を立てて落ちた。




────
───────

それから、私は橋本さんと一緒にいるようになった。────というわけでもないのだ、実は。たまに話すようになったり、授業でペアを組む時に組んだり、せいぜいそれくらい。ペアを組んだ時だって大した会話はしなかった。
それでよかった。橋本さんとばったり出会ってから、私の橋本さんを可愛いと思う気持ちは確かなものに変わって、橋本さんもわかっていただろうけど私は橋本さんを信仰していた。
馴れ合うものではないと、お互いがどこかで理解していたように思う。一定の距離感を保って、私達の関係は大して変わらないまま、それは卒業するまでそうだった。
ただ、橋本さんという信仰対象を得て、私という人間は変わった。世界中のすべてにイライラすることは減って、心に余裕が出来ていた。
孤高の、可愛くてうつくしい橋本さん。それを私は見つめる。それだけで、私は。


言ってやりたかった。橋本さんに、どこかにいる橋本さんのファンに。私がファン一号だし、誰よりも橋本さんを推してるって。取り繕ったものなんかじゃなくて、本当の橋本さんを、ううん。取り繕っていたって、大好きだよって。
だけど、私はそのすべてを飲み込んで、笑顔を作った。



「えっと、私もにゃーちゃんって呼んでいい?」



私がそう言って、ぐにゃぐにゃに曲がった視線で橋本さんを見つめれば、橋本さんは目をぱちくりさせた。それから少し俯いて、答えた。はらりとかかるピンク色の髪は、橋本さんによく似合っていた。



「……だめ」

「え…どうして、」



その答えに当然、私はショックで呆然とする。
そんな私を目を細めて見つめたあと、ふいっと窓の方を向いて、ぶっきらぼうに彼女は言った。



「にゃーのライブに来る時はそれでいいけど、それ以外の時は、名前で呼んでもいいの」



なまえは私のことずっとわかってくれてたから、特別。
笑みを深くしてそう言った橋本さん。その顔を見た瞬間、私はたまらなくなった。ぶわわ、と体温が上がって、頭がかっとなる。私はわけもわからないまま、思わず衝動のままに彼女の手をつかみ、驚いたその顔にキスをした。
勢いがよかったせいでがつんと歯が当たって、橋本さんがう、と呻く。その声を聞いてはっと我に返った。唇が触れていたのは、長いとも思わないくらいに一瞬だった。
ぽろりと溢れてしまった涙が私の頬を伝ったのを見られてしまわぬようすぐに彼女から離れて、化粧が落ちるのも構わずにぬぐう。そして、私は財布を置いてカフェを飛び出した。
なまえ!って私を呼び止める、困惑しているような、なんとも言えない声を振り払って、どこまでもどこまでも走った。胸が熱くて、苦しくて、地獄みたいだと思った。

私はもう、橋本さんに会ったりはしないだろう。
私には、橋本にゃーがその身を売って、そのへんの馬鹿な男に視線を突き刺されて、踊る姿をステージの下から眺めるしかない。
そうしたいのだ。そう、ありたいのだ。橋本さんがアイドルになったからではない。それはあの時から、今でも。そうでありたかった。ファン一号で、他と違うという主張はしても、手に届いてはいけないことを私はよくわかっていたんだ。
もしうっかり特別なんかになってしまったら、私はきっともっともっと欲張って、ついには橋本さんを殺してしまう。だから。




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