ミラールームの影
今日の夕飯の買い物をしていたら、スーパーでうっかりカラ松に会ってしまった。
今日も痛い革ジャンを着てサングラスをかけている。その目立つ姿を発見した瞬間げ、と思って、本当は陳列棚の陰に隠れようと思った。
だけどその前にカラ松が振り返って、私を見つけて笑顔で駆け寄ってきてしまったのだ。
「なまえ!」
なんて、嬉しそうな声で駆けてきて、カラ松はいつものように紳士的に私の手にあるカゴを持とうとする。
私はそんな親切をいつものように上手にかわして、いいの。って言っておいた。とたんにしゅんとしてしまう彼の事は、見ないふり、だ。
「ディナーの材料を買いに来たんだろう?今宵のメニューは……カレーだな、どうだ、当たってるだろ」
「あんたが食べたいだけでしょ」
「ビンゴォ」
ドヤ顔で流石なまえは俺のことをよくわかっている、とか何とか言ってるカラ松のことは無視して、オムライスを作るための卵をかごに入れる。今日、卵が安いのだ。
カラ松はまたしゅんとしてしまったが、私はまた見ないふりして、レジに向かった。
そうしてやっとお店を出たら、私は真っ先にさっきこっそり買ったカラ松が好きだと言っていたスナック菓子をカラ松に押し付けた。
「おごったげる。私の家今日はオムライスだからまっすぐ帰って」
そう言って、そっけなく帰ろうとした。
私は、とにかくカラ松から離れたかったのだ。
それなのにカラ松はあわあわと慌てたあと、私の手をつかんで、私の手のひらに私の好きなチョコレートを乗せてきた。
ちょっとだけびっくりして顔を上げると、カラ松は照れくさそうに笑った。
「以心伝心…だな」
「…………」
「空ももう暗い。送らせてくれ、なまえ」
カラ松は私の荷物を今度こそ取り上げて、私の手をとって歩き出した。
私の帰り道を、我が物顔で歩きやがって。なんだかもううんざりした。何で、どうしてこいつは。
「こんなに重たいものを持ったら、なまえの可愛い手が千切れてしまうぞ」
「…あっそ」
このとおり、松野カラ松という男はいつだって私にやさしかった。
荷物があればすかさず持ってくれるし、絶対にドアも開けてくれて椅子も引いてくれる。そんなレディーファーストは当たり前で、他にも私がどんなにきたなく愚痴を零しても(酔ってる時だけだ、私はカラ松に簡単に借りは作らない)、
どうしてか嬉嬉として聞いた後「大変だったな」って言って私の頭を撫でる。うたた寝してたら上着をかけて、眠れなければホットミルクを入れてくれた。好きだ好きだ、なまえの為に何でもする、愛してるんだってカラ松は、それをさも真実のように言うのだ。
私は、そんなカラ松を見ているといつもひどい気分になった。
家について、カラ松は一応帰るって言っていたけど、そのまま返すのも流石に気が引けるので上がってもらった。
2人分のオムライスを作って並べれば、カラ松はおいしそうだと褒めてくれた。
「なまえはケチャップ、何の絵がいい?」
「…………」
「一松のは、昔は猫にしてやってたんだ。なんでもいいならなまえも猫にするな」
素っ気ない、愛想も尽きるだろう私の態度にも屈しないカラ松って、すごいなって尊敬するところもある。
だけど、どうしても気に食わなかった。一人で楽しそうに振る舞うカラ松に、私はやっぱりうんざりしてしまって、俯いてカーペットをきつく睨んだ。その時こぼれたため息と一緒にとうとうずっと言い出せなかったことも、こぼれてしまった。
「……カラ松って、いまなに考えてるの?」
「ん?そりゃ、俺のこの瞳に映る天使のようなキュートガール、そう、なまえ「に、やさしくする、俺」……」
笑うのをやめて、はた、と黙り込み私を見つめるカラ松の目は見ないまま、私の口はそのまま、ずっとずっと振るいたかった暴力を吐き続ける。
「女の子にやさしくする、俺」
「、あ」
「レディーファーストを心がける紳士的でナイスガイな、俺」
「えっと、なまえ、」
「どう、当たってる?」
言い切ってから、じとっとカラ松を睨んだ。
睨まれたカラ松は、またあわあわと視線や手をさまよわせた後、上目遣いで私を見る。
それでも私が睨むのをやめないので、少しだけうつむいて頬を掻きながら、口元で笑った。
「なまえ」
「なに」
「なまえは、おれのことすきか?」
「……」
「好きって言ってくれ、なまえ」
「……まぁ、きらいじゃ、ないけど」
不貞腐れながら言えば、好きってことだよな、どちらかと言えば。としつこく聞いてくる。
何の話だよ、そんな話してるんじゃないだろ。と思いながら適当に肯けば、カラ松は花が咲いたみたいに笑ったのだ。
...
「そうか、よかった、おれもだ」
照れたように、一生懸命に、そういって笑うカラ松に私の気分はまた底まで落ちていった。
なんだよ、なんだそれ。ほら、私のことなんてこの人は考えてないのだ。
優しくしてほしくないとは言ってない。ただやさしくしてほしいわけじゃないってだけ。
欲しいものはもっと深くて、そんなのは愛情でもなんでもない。────カラ松はかわいそうだ。カラ松は、からっぽ。
わたしはそんな空っぽのものなんか、そんなつまんないものなんか、
いらないんだよ、カラ松。
恋する視線は涙の膜で反射していた
160409
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