バッドエンドの前に



それは、冷たくもあたたかくもない、おかしな感覚だった。何にも感じないのに不思議と心地よく、意識はあるが目を開けるのが億劫だった。

抜け出しがたい。ずっとこのままがいいなぁ。
そう思いながら夢の中を漂っていると、どこかから声が聞こえた。「だよな」って。
その声が嫌にやわらかくて脆くて、土砂降りにあったみたいに水浸しでしめってたから、私はたまらなくなって飛び起きたのだ。




「────ん?ここどこ?」

「あ、なまえ」



ガバッと起き上がってきょろきょろと周りを見渡すと、そんな私をのぞき込む松野何松、 ───おそ松くんか。それと、その後ろの白が目に入ってきた。
はじめは壁かと思ったが、どうもそうではない。それは絵の具の海に飛び込んだみたいな、或いはインターネット上の#FFFの中だ。自然から生まれた色じゃない。整い過ぎた、とにかく不自然な白だった。
ふと下を見れば、床がない。何かには乗っているようだけど、境がないし底もなかった。それを見て増した不自然さに気持ちが悪くなってくる。何処までも白い空間に、おそ松くんと私は放り出されていた。



「??、?」

「びっくりした?ごめんごめん!大丈夫?」

「大丈夫だけど、えっと、ここ、何なのかわかる?」



おそ松くんの赤を見つめながら、おそ松くんがいて良かったと心底思った。私一人きりだったらきっと私はどうにかなっていた。
今だって気が狂いそうだ。世界とは何なのか、そして私とは何なのか、それすらわからなくなりかけていた。
私がそんな混乱状態にあるのに、おそ松くんはいつもの調子でいる。むしろ楽しそうだ。変だな、何か知ってるのかな、と首をかしげたら、おそ松くんは笑顔のままとんでもないことを言い出した。



「うん、わかる。俺が作ったの!どう?すごいでしょー」

「え?」



予想外の答えが返ってきて、私の目は点になったことだろう。おそ松くんはそんな私を見て笑った。それからますます混乱する私の前にぺしゃっと正座して、身を乗り出していろんなことをしゃべり始めた。



「ねぇ、なまえはどんなところで生きていきたい?俺は、俺は辛いことが何もなくて、それからトト子ちゃんみたいな可愛い女の子がたくさん居て、ちやほやされたい!」

「え、えーっと、え?んっと、あの、あー…よくわかんなくて、私。……夢でも見てんのかな?」

「あーそうかもね。俺もそんな気分だけど、これから醒めないならここが現実になるし、今は関係なくね?」

「そ、そっか……でも、現実だったら困るなって、おもうんだけど」

「でも、俺はここを七日よりももっとずっとかけて作ったからさ、たぶん前の世界よりもずっといい」

「……えっと?」

「なまえ」



なに、と返事をする前に、おそ松くんは私の手をぎゅっと握った。それから最初に聞こえた声とおんなじで、びしょ濡れの青い言葉を吐き出した。



「おれ、もういやなんだ」

「…………」



私がなんにも言えないでいると、顔を上げてやさしくて可愛い目で私を見つめる。
おそ松くんが甘える時の目でもあったし、甘やかす時の目にも見えた。ぐちゃぐちゃだった。



「ねぇ、なまえ、二人で生きていこ?おねがい」

「おそ松くん」



私が呼べば、おそ松くんは少しだけ顔を歪めた後、見たくないとても言うみたいに私を抱きしめた。人形でも抱くみたいに引き寄せて、強く抱きしめた。くるしい。



「なまえは拒否しないでよ、お願いだから、」

「……おそ松くん、」



────何かあったの。何があったの。

聞きたかったけど、おそ松くんが全身で聞かないでって言ってるように思ったから、聞けなかった。きっと色々あるんだろう。
こういうとき、私が聞いた所でおそ松くんは何も言ってくれない。いつもそうだ。……よくわかんないけど、まぁ、もうなんかいいや。
──そうだなぁ、どんな世界がいいかって、私は。おそ松くんがふとした時に哀しくならないなら、なんだっていいよ。



160327
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