嘔吐の話



※エメトフィリア(嘔吐性愛)の話
※汚い




「一松くんの今年の感染性胃腸炎は嘔吐寄りみたいだね」

「……は……?」



トイレを抱きかかえるようにしてたった今おえーと吐いた僕になまえはそう言った。苦しすぎてぜぇぜぇ言っているこの僕に、ひどくのんびりとした声で言いやがった。
しかも、慌てて駆け込んだ為開きかけだったドアの隙間から突然入ってきてだ。いつ来た。なぜ来た。お邪魔しといて他人事かよ。心配の一言くらいかけろよ。そんな文句のひとつでも言いたいが、吐いたばかりで肩の力も抜け、トイレに縋り付くみたいにしている無様な僕が何を言っても多分なまえはへでもない。
僕がこんなに苦しんでいるというのに。こいつ。ゲロかけてやろうか。



「大丈夫?一松くん」

「や、大丈夫じゃ、おえ、」



僕がゲロをかけるとか思ったのが伝わったのか、なまえはようやくそれらしく心配の声を上げて、後ろから僕の肩に手を添えて背中をさすった。
その気遣いは気持ち的には良いんだが、あまり感覚がなくてぞくぞくとした寒気も止まらず、さすられるとかえってぞわぞわしてしてしまう。
そうしてふたたび湧き上がってきた嘔吐感に、離してほしくて身をよじった。が、なまえはどうしてか肩をきつく掴んではなしてくれない。



「ちょ、なまえ、ほんとに、うっ」



いや、マジで吐く。何がかなしくて好きな女の子に吐瀉物を見られなきゃいけないんだろう。
さっきはゲロかけるなんて思ったがそんなのほんの冗談だし、ほんとにかけたら当然なまえはすごく怒るだろう。僕もなまえにどう謝っていいのやら。そんなこんなで、さすがの僕でも好きな子にゲロをかけたりはしないのだ。
僕が限界まで吐くのを我慢してなまえを遠ざけようともがくのに、耳元でふは、となまえが笑った気がした。何がおかしい。くそ、くそ、こいつ面白がってやがる。なんでこんな奴好きになったんだっけ?
そんな疑問すら湧いてきたが、いまはそんな場合ではなかった。あ、もうだめ、ほんとに吐く。
僕は最後の力を振り絞って、なまえを振り払おうとした。それなのに。
なんと、あろう事かなまえは僕の肩に手を回して、僕を抱き込むようにして僕に吐かせたのだ。なまえの右の手のひらに吐瀉物がかかる。

頭が真っ白になった。ショックだし屈辱感満載だし、喉は焼けるし頭は痛いし、絶望的だ。逆になんかもういろいろどうでもいい。
なまえが悩ましげにため息をつくのを聞いて、頭がぼっとした。



「私、実は人が吐いているところを見るのが好きなの……」

「あ、そ、うぷ」



ぼっとしながらもなんとかゲロを跨いでトイレにしがみつき、今度こそちゃんとトイレに昨日食べたものを戻す。
その間に恥ずかしそうにもじもじとして言ったなまえの言葉を頭の中で復唱した。え、なに、吐いてるとこが好きって言ったかこいつ?
吐きすぎてがくがく震えながらなまえを見上げると、なんかエロい目された。僕は今なんかエロい目で見られているらしい。頭がくらくらしてきたのは病原菌のせいだけではないと思う。



「え、こわ、帰ってください」

「でも私一応看病に来たんです」



ガサ、と何処からか取り出してきたビニール袋の中のポカリとゼリーを視界に入れた後、僕はのろのろとトイレの外に出て、何だか気が抜けてばたりとその場に倒れた。
床が冷たくて気持ちいい。ぞくぞくして、なんかこのまま昇天しそうな僕に近寄ってきてなまえは僕の頭をぽんぽんと2回ほど撫でた。ますますぞくぞくした。たぶんなまえもぞくぞくしてる。そんな顔をしている。こいつ、こいつは、変態だ。
好きな子がこんな汚い奴だなんて思ってもみなかった。信じられない。許せない。とんでもない裏切り行為である。服なんか着やがって。普通ぶりやがって。詐欺じゃん。



「ところで私一松くんのことがすきなんだけど」

「……う、え?は?……え!?いや、んく、え、その、ぼ、…僕も、好きだけど」

「じゃあちゅうしていい?」

「……?……っ!?」



言うが早いか、なまえはあっという間もなく僕にちゅうしやがった。
もう憎いやら愛しいやら驚きやらで固まってしまった僕から離れると、すっぱいなんて言って笑う。
いや、待て。おい。嘘だろ。ファーストキスが自分のゲロの味だなんてありえねーー許さないふざけんなこのゲロ女。
ムカついたので、すぐそばにおいてあったポカリを奪って口をゆすいで、もう1回今度こそなまえにキスして、唾液まで流し込んでやった。

このまま終わらせるわけにはいかない。うつれ。そんで、無様に吐きまくって、お前もこの屈辱を味わえよ。



160318
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