ただ眠れ4



トド松に散々ディスられ、帰ってきたカラ松に力なくお礼を言われた、なまえちゃんと再会したあの日から一ヶ月ほど経った。
風の噂で聞いたけど、現実に戻っただか改心しただか、とにかく目が覚めたような事を言ってなまえちゃんはどこかで働き始めたらしい。
その就職先のビルがやけに高いことと、トド松達が音沙汰がないと不安がっていることを考えて、嫌な予感がすると思ったらほら、この通りだ。




「馬っ鹿じゃないの!?」



そう罵った僕は今、高いビルの屋上で空の方へ傾くなまえちゃんの腕をつかんでいた。
なまえちゃんは夢でも見てるかのような表情で僕の姿を確認した後、今度は幽霊でも見たみたいな顔をした。それからおずおずと僕に訊いてきた。



「……えっと、おそ松くん?」

「チョロ松。おそ松兄さんもいるけど」

「あ、ごめん、えと、久しぶり、こんにちは、大きくなったね」

「だから馬鹿なの!ふざけんなよ馬鹿!」



なまえちゃんを引きずるように、落ちないところまで連れていく。
後ろにいたおそ松兄さんがやっほーとか軽く手を振っていたけど、なまえちゃんはまたぼーっとしていて反応がない。
ああもう、これだからメンヘラってめんどくさいし関わるもんじゃないんだな。と思った。
安全なところまで連れてきたところでなまえちゃんの腕を離し、僕の方を向かせる。



「言いたいことはある?」

「なんでチョロ松くんたちがここにいるの?」

「夢見がちな君が現実に耐えられなくなるんじゃないかってトド松が心配してたから、ここのビルの清掃員のアルバイトを始めた」

「俺はチョロ松にちょっかいかけにたまたま」

「そうなんだ」

「言いたいことが他にないなら、僕も言いたいこと言っていい?」

「うん、うん、いいよ」



なまえちゃんが頷いたのをしっかり確認したあと、僕は後ろで持っていたスリッパで思い切りなまえちゃんをぶっ叩いた。



「いっ」

「飛び降りてどうするつもりだったの?はい早く答えて3秒以内」

「う、宇宙に、行きたかったの、」

「はい馬鹿」



スパーンともう1度なまえちゃんの頭を叩くと、なまえちゃんはうう、とうめいた。でも泣いたりはしなかった。
いままで黙っていたおそ松兄さんも流石の珍回答に肩をすくめて首をふった。



「こわいねー電波。いやほんとにこわい」

「ほんっと末恐ろしいよ、夢見がちも大概にして。迷惑なのわかる?こうして僕たちがここにいるって事は、そういうことだよね?」

「……ごめん」

「悪いとは思ってるんだ、ならよかったけど」



トド松たちもよくここまですくすくとメンヘラを育てたなと感心するくらいだ。いや、まぁあいつらの気持ちもわからなくもないんだけど。
たぶん僕もこの子と仲が良ければ、ゆるふわでかわいそうなこの女の子をかわいい〜守りたい〜〜!!と愛でたかもしれない。顔は普通にトト子ちゃんやにゃーちゃんに負けてたとしても、だ。

結構痛かったらしくなまえちゃんはその場にへたり込む。それにため息をつきながら、僕はどかっとその横に座った。
首をかしげるなまえちゃんを見て、ほんとうに厄介だな、と思ったけど、目をそらして考えないようにした。めんどくさがってはいけない。今回ばかりは。



「宇宙に行きたいならもっと現実的な手段を考えよう」

「え?」



弁解しておくけど、僕はなまえちゃんがまた飛び降りようとしたら困るだけなのだ。
さっきも言ったとおり僕は昔からなまえちゃんとあんまり話したことがなく、仲はそんなによくない。たまに見かけるな、ってくらいのただの女の子だ。
だから女の子の幼馴染みなんてトト子ちゃんに以外にいないようなものだったし、思い入れも大してなく、なまえちゃんが死んだって別になんにも思わない。けど、それでも僕のせいみたいで気分が悪いし。だから協力してあげるってだけ。



「宇宙って言ってもどのへんに行きたいの?」

「えっとね、その、うーんと、月の向こう側」

「まずロケットがなきゃ。それに……」

「いや、それが一番非現実的でいちばん夢がないんだって。ごめんねーなまえちゃん、こいつ変な所でバカ真面目だから」

「うるさいな」



僕の宇宙計画に茶々を入れながらどかっと隣に座ったおそ松兄さんを睨む。なまえちゃんはいつの間にかしっかり正座して、僕の方を見てちょっとだけ笑った。



「知ってる、知ってるよ。私がもってないものを持ってて、素敵だと思ってる、チョロ松くん」



ぎこちなくそんな事を言って綺麗な目を細めたなまえちゃんに、僕は咄嗟の言葉がでなかった。───どういうつもりなんだ、この子。



「はぁ〜、なまえちゃんてそういうタイプ?」



おそ松兄さんが感心したように頷いている。
言いたいことはわかった。夢見がちだけど、電波だけど、たぶんなまえちゃんて、それを抜いたら素敵な女の子なんだろうな、と思う。
いや、褒められたから言うわけじゃないけど、こうやってなんとなく人を褒められるって、できるものじゃないと思うし。
───ただ、電波も夢見がちも行き過ぎていて抜けないくらいの救いようのない地雷女だからどうしようもないが。

僕が言葉を失っていると、屋上のドアが突然バンっと音を立てて開いた。



「なんでここでチョロ松兄さんのこと褒めるかな!?」

「トドちゃん!」

「トド松来てたの?」



何故だか必死な顔をしているトド松の姿を発見した瞬間、なまえちゃんは心底嬉しそうな顔で駆け出してトド松に思い切り抱きついた。
それをしっかり受け止めて「なまえちゃんは頭がゆるすぎる」とディスりながらも笑っているトド松を見て、彼氏というよりは、トド松がお兄ちゃんしてる、と思った。
そうして二人が過ごした十数年間のことを考えてみる。長い間一緒にいて、そうやってなんだかんだとその関係を作り上げてきたんだと思うと、なんとなく感心した。
おそ松兄さんも二人を眺めて、いいなぁなんて言いながらも笑っていた。



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