ただ眠れ3



※蛇足



「いや、なまえちゃん何言ってんの?」



チョロ松兄さんのそのたった一言で、ついさっきまでお花畑だった空気が凍った。気がした。
実際には僕とカラ松兄さんが凍りついたように固まってしまっただけだったかもしれなくて、なまえちゃんは座ったままぽかんとしてチョロ松兄さんを見上げている。
とにかくぎょっとしたしぞっとした。心臓が冷たい。嫌なタイミングで帰ってきたもんだ。一番最悪のタイミングだ。
僕とカラ松兄さんが他の四人と会わせないように、なまえちゃんの世界を守るために配慮してきたというのに、あと一時間は帰ってこないはずだったのに。
僕達の努力も虚しくいとも簡単にチョロ松兄さんは頭のおかしいなまえちゃんと再会してしまった。そして当然のようにツッコミを入れてしまったのだ。
チョロ松兄さんは、色んな感情のせいで何にも言えないでいる僕達に気づかずにしゃべり続ける。



「ゆるふわ系でも目指してるの?それとも何?電波?大丈夫?それ。現実みてる?」

「ちょ、チョロ松兄さん、やめてよ、」

「え?何で?」

「だって、いや、チョロ松兄さん関係ないじゃん、KY、どっか行ってよ、ふざけんな」

「ええ?なんでそこまで言われなきゃいけないの?」



チョロ松兄さんは、本当に何にもわかっていない。だけどこの中で誰よりも正しかった。
いや、もうほんと、完全に正論なんだけど、だからこそぶっ飛ばしたくなった。カラ松兄さんも結構怒ってる。でもチョロ松兄さんに対して怒鳴ったり、なにか反論する前になまえちゃんの手をとって部屋から出ていった。
懸命な判断だった。僕はカラ松兄さんに感謝した。



「ええと、カラ松までなんで怒ってんの?」

「っチョロ松兄さんのばーか!ばーかばーかくそダサクソ童貞おたんこなす!」

「は!?」

「大体チョロ松兄さんに言われたくないよね!確かになまえちゃんは頭おっかしいけどさ!チョロ松兄さんに言われたくないよ!」



たった今アイドルに会って夢見てきたくせに!
大体、大体久しぶりにあった幼馴染みの女の子に対してなんでそうズケズケというのかなぁ!ツッコミ担当ってこれだから嫌だ。ああいやだいやだ。なまえちゃんは、大丈夫だろうか。





久しぶりにチョロ松君に会った。
それで少しお話したとおもったら、カラ松くんに手を取られて、私は外に連れ出されてしまった。
私まだ、チョロ松くんになんにも言ってないなぁ。久しぶり、とか、大きくなったね、とか、こんにちは。とか言うべきだったよなぁ。
ぼんやり考えるあいだもカラ松くんはぐいぐい私の手を引いて歩いていく。どこに向かっているんだろう。このままだとカラ松くんはどこまでも行ってしまいそうで、街からも出てしまうんじゃないかって急に怖くなったから、私は慌ててカラ松くんを止めた。



「カラ、カラ松くん!!」

「…!ああ、すまないなまえ、強く、引きすぎた」



私の声を聞いたカラ松くんは、ようやく気がついたというようにはっとして立ち止まった。それから私の手を取り直し、少し赤くなっているのをみて、眉を下げる。



「痛かったな、悪かった」

「痛くないよ。痛くないの。いつも言ってるでしょう、カラ松くんはやさしいから、私ちっとも痛くない」



そう言うと、カラ松くんは私をやさしく抱きしめた。震えてる。カラ松くんていつもそうだ。だから私はいつも、かわいそうになってしまう。



「チョロ松のやつが、ひどいことを言った」

「どうして?ゆるふわも、でんぱも、悪口じゃない、だからひどいことなんかじゃないでしょ?」

「……ああ、そうだな、そうだ」

「大丈夫だよ、カラ松くん」



ごめんね、私はちゃんとわかっているんだよ。わかってたんだ。嘘をついていただけ。
私って頭がおかしいけど、それでもほんとはちゃんとわかっている。知らないふりをしようとしてきたけど、私に二つの目がついている時点で、そんなことは不可能だった。



「ゆめばかり、みてた」



ふと見えた現実はざんこくであり、生きていくのは困難だったけど、それはきっとみんな感じてることで、単に私が弱くばかだったのだ。



「痛くないところで、夢ばかり見てたの」



目を塞いでくれてありがとう。トドちゃんもカラ松くんも私の話を沢山聞いてくれて、とっても嬉しかったよ。
そう言うとカラ松くんは哀しそうな顔をした。あんまりにも悲痛だからひどく胸がいたんだけど、でもきっとこれで、またチョロ松くんやおそ松くんにも、トト子ちゃんにも会えるんじゃないかなって思う。
私は、そちら側に戻るのだ。人に会えば傷ついて、何かをすれば苦しんで、そうやって生きていかなきゃいけないことに、私はちゃんと気づいていたんだから。
童話も夢も、とっくに終わっていたんだ。



160305
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