行き過ぎカジョレ



※姉主



「このままじゃやばいから私結婚するわ」

「は?」



今日も今日とて居間でゴロゴロしている我が弟、おそ松を見下ろしながら、私は我が人生最大の選択を告げた。
重要な選択であるはずなのに思ったよりあっさりと告白してしまったのは、私自身がこの選択を大したことではないと考えているからかもしれない。私の人生はいつもそうだ。雑、適当、その場しのぎ。だからなんだ。これでいいのだ。
まぁだからといって、今回は高校時代の進路選択の時よりは考えた方だとは思っている。ずっと前からやばいとは思っていたのだ。このままではだめだと、適当なりに。
そうして適当に考えた末、このままフリーターでいるよりお嫁に行くのがいいという大したことないまっとうな結論に至ったのだった。
だからこそ大した表情もなく、あっさりと私の口から告白はこぼれ落ちてしまったわけだ。

しかしおそ松はそれで納得するわけにはいかないらしい。あ、そう。と適当に返すことはなく、なに言ってんだ?みたいな顔で私を見た。



「なんて?」

「だから、結婚」

「おれと?」

「いや、姉弟だからね」

「じゃあ他にアテがあんの?」

「まぁ一応」

「え?彼氏!?いんの?いつから!?」

「これから出来そう。結婚を前提にお付き合いしてくださいゆわれた」



どかっと座って携帯をいじりながら聞かれたことにだけ答えていく。
おそ松の顔は見ていないが、きっとしかめっ面だろうな。と思った。



「はぁあ?まさか俺の事遊びだったの?俺と結婚する約束は?」

「いや、だからそれやばいって」



冗談半分、小さじスプーン分くらい本気まじりだろうおそ松の言葉にちょっとだけ笑った。
笑って済ませるなんて我ながら薄情だなとは思う。私はおそ松のことがとっても好きだったし、おそ松も私のことがとってもとっても好きだった。アイシ合っていたと言ったっていい。
まぁだけど、だからといってどうというわけでもない。いや、というかそれはやばいと思っている。それがフリーターとかよりも一番やばいと思っているから、私は今回選択したのだ。
おそ松は、とうとう私から携帯を取り上げた。



「いいじゃんやばくて」

「は?」



そこでようやくおそ松の顔を見た。しかめっ面かと思っていたけれど、無表情。真顔。
というか、きょとん、というか。まさになに言ってんだ?みたいな。ほんとに分かってないみたいな顔。
そこで初めて私は、適当にできる問題じゃないと気づいたのだった。



「…いや、やばいのはよくないと思うんだけど」

「なんで?」



なんでって?そう言えば、何でだろう。
適当に考えたからわっかんないけど、でもやばいってことは相当やばいってことでしょ?
相当やばいってことは、とにかくピンチなわけ。



「ね?」

「いや、なまえバカなの?」



呆れたように、あるいは馬鹿にするように笑いながら首をかしげておそ松は言うが、おそ松にだけは言われたくない。危機感すら覚えられないなんて、いくらなんでも大問題だ。姉弟で結婚なんて当然出来るわけないし、てか小学生じゃないんだから。
私がそうして諭すと、おそ松はなんにも答えずに私の肩を掴んだ。気がつけば後ろは壁。あれ。いつのまに私は後ずさりなんてしたっけ。
すっと背筋が冷える私におそ松は、私がはじめしたのと同じようにあっさりと言う。なんてことないですよ、というようにいう。



「ねぇ、このままでよくない?もうさぁ俺たち6人とずーっと、働かないで生きていこうよ。てか俺とずっと一緒にいよう」

「や、その、むり、」

「あ〜、もういっそセックスしちゃう?俺たちさぁ、もうとっくにイカレてるじゃん。とっくにやばいじゃん。親の脛かじってさ、姉弟で好きあっててさ、社会不適合者じゃん。ね?」

「いや、それは」



反論のしようもないけれど、いや大いにある、姉弟でセックスって馬鹿かお前は?いや本物のバカではあるけど。奇跡のバカではあるけれど。
というかイカレてるとかいうな、諦めるな。夢はビッグなカリスマレジェンド!とかこの前言ってなかった?やばいままでいいの?
こんな、底辺の日の当たらないところではだれもレジェンドなんて言ってくんないよ。



「俺たちなら大丈夫だよ〜、よその姉弟には無理でもさ、俺たちならイケるって!もうとっくに手遅れだし、これ以上なにしても誰になんて言われてももうそろそろ心に響かないじゃん?」

「わたしは、ひびくんだけど」



うまく言葉が出てこない。のどでつっかえるのだ。冷や汗が垂れた。なんだか今とっても大変なことになっている気がする。それこそ人生最大に。なんで、こんなことに。
おそ松一人の時じゃなくて六つ子全員の前で結婚を宣言すべきだったかもしれない。カラ松やチョロ松、それにトド松あたりはわかってくれそうだ(カラ松なんかは私の幸せを一番素直に喜んで泣いておめでとうって言ってくれそう。嬉しい)。
とにかくこの場に、この話題に必要なのはまず理解だった。理解してくれる人がいなければいけなかった。いや、ほんとは、おそ松だってわかってくれると思っていたんだ。
だってやばいのはやばいって、誰だって思うじゃない。だから、最初におそ松だけに言おうと思ったの。だってこいつは一番の愛しの弟。私の姉弟愛は、平等でない。



「あー、じゃああいつらに言っちゃおっかな、姉ちゃんが養ってくれる人みつけてオイシー思いしようとしてるって」

「…チョロ松たちはわかってくれるだろうし…さすがに協力しないでしょ。六つ子だけでやってろよ、足の引っ張り合いは」

「………」



私の弟たちはいつもお互いに首を絞めあって、足の引っ張り合いをする。
パチンコで誰かが勝ったとき、誰かがバイトをし始めたりと社会復帰しようとしたとき、みんなで出向いて邪魔をする。
お互いが自立を許さない、抜けがけなんてさせない。六つ子だから平等。なんでも平等。なんでも六等分。いつもそうだったから、おかしなことに今もそうしているのだ。
しかし私は紛う事なく姉ちゃんであるし、みんなと違って六分の一じゃないしみんなで一つではない。私は、おそ松たちとわけあってないから(血は分け合ってるか)先を行くのは当たり前なのだ。
そう言うとおそ松は押し黙った。論破したかな、とぼんやり思った。

昔は何でも分け合っている弟たちを見てなんだか自分だけ仲間はずれな気がしていたし、寂しかった。おそ松はいつもそんな私を引っ張って、お菓子の分け合いに参加させてくれたっけ。
七等分で悪戦苦闘する弟たちは本当に可愛かったと、当時も今も変わらずに思う。
おそ松のそういう悪餓鬼のくせに優しい所がかわいくて愛おしかったんだよな〜なんてしみじみした。
仕方ない。論破された可哀想な頭でもなでてやろうか。そう思った時だ。
おそ松は、私の肩におでこを乗せて、ぐっと抱きつくように私にのしかかってきた。
体がズルズルと滑り、畳の上に組み敷かれそうになる。私は慌てておそ松を押し返そうと手を伸ばしたがその手は絡め取られてしまった。
起き上がれない。私は姉ちゃんだけれど、もう随分前に弟にかなわなくなっていた。
ちゅ、と音を立てて首筋に口付けられる。いくらとっても好きなおそ松であっても、良心が許さなかったのか凍るように頭が冷えた。
押し返せなくてもせめてとばかりにもがくが、おそ松は気にした様子もなくそのまま私の首に吸い付く。ちくりと痛みが走ったあたり、そうしてたぶんきっと跡をつけた。
それからばっと顔をあげて奴はいつもどおりのドヤ顔できりっと言い放った。



「じゃあやっぱセックスしよう!」

「ふ、ざけんなばか、!どけ!」

「一つになろ?さみしかったんだよな、俺知ってるよ。何で姉ちゃんだけ一緒に生まれられなかったんだろうな」

「ったしかに昔は寂しかったけどいまそのはなしじゃ、」

「あ、そうだ。姉ちゃんが言うならあいつら全員に言おうよ。俺だけが独り占めしたかったけど、そしたら姉ちゃんも今度こそ仲に入れてあげれる」



俺ってやっぱ天才?
おそ松はそういって、馬鹿みたいに笑った。その足元で携帯が鳴っている。例の彼だろうか。
私が携帯を気にしていることに気づいたおそ松は、つん、と首をつついた。



「今日バイトでしょ?その人に会うんだよね。きっとお付き合いの話なかったことになるな〜、非常に残念!」

「このやろ、っ」

「残念だったなぁ〜またまともから遠ざかった」



んべ、と舌を出した後、
おそ松は目を細めた。



「俺が幸せにしてやるから安心しなって。なまえがどんなに適当にしても俺達ならフォローできるし?」



俺達のほうがよっぽど真面目だしな!なんて得意げに笑うおそ松はあの頃から変わらない。
そこでようやく、私は気づいた。──ああ、そうか。やばいのがやばいことなんて、とっくにわかった上でこいつは言ってるんだ。
だって、そう。おそ松はいつだって、優しい優しい私の弟。誰よりも先に私を見つける、かわいい、わたしの。


壊したかったのはずっと私だった
151205
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お姉ちゃんはとんでもなく馬鹿。
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