樹海より



「ダメ、全然わかんない」



そうビシリと一松くんは厳しい声で言った。
もう何度目になるかわからない拒絶の言葉に、私もそろそろぐ、と息を詰まらせる。



「……だから、」

「うん」

「だから、私ね、一松くんのことが好き」

「なんで」

「なんでって……」



さっきから何回も言ってるんだけど。
もう何度も何度も同じ説明を繰り返していい加減うんざりしてきた。なぜ好きなのか、いつから好きなのか、本当に好きなのか、なんて。
そもそもこんな、理屈っぽいのは私は好きじゃないのだ。私が好きで、あなたも好きで、邪魔するものが何にもないならそれでいいじゃんって私は思ってしまう。



「一松くん……かれこれ3時間くらいたってるよ」

「うん」

「もう夕方だし、みんな帰ってくるんじゃないかな 」

「たしかに」

「いつまで、いつまでやるの?」

「まだ駄目、もう少し帰ってこないと思うし」

「…………」



私が黙り込むと、一松くんはもう一回説明して欲しいという。
説明もなにももうとっくに一松くんはわかってるだろうに、要するに受け入れたくないのだ。
受け入れられないのだ。じゃあもうどうしようもない。このまま続けても正直見込みがなかった。
私はだんっと音を立てて立ち上がった。ついイライラが出てしまったことは反省しなきゃいけないかも知れない。一松くんの前で、ヒステリーで野蛮な女の子に成りたくなかったのに。
だけど、立ち上がった私をぽかんとして見てる一松くんを見て私はもっとイライラしてしまってまたつい声を荒らげた。



「もういい!」

「えっ」



もういいなんて、そんなこと無いのに。
こんな風に話を終わらせて後悔するかもしれないって少し考えればわかることなのに私は愚かだ。
一松くんに自信がないのなんて今に始まったことじゃない。私はそれをわかってるつもりだったんだけど、根気が足りなかったようだった。



「えっ、ちょっ待てよ、おい、ちょっと、ねえって。待って、なまえさん」



そんな私を、一松くんは引き止めてくれた。
這いつくばって、服の裾を引っ張って私を見上げる一松くんを見下ろす。
焦っているのかぐるぐる目を回したまま、ぱくぱく口を動かす一松くんが、私は途方もないくらいにいとおしかった。イライラしてたのがばかみたいで、何だかわからないけどひどく泣けてきた。
目頭が熱い。心臓がバクバクと鳴っている。一松くんにこれが聞こえたら、一松くんは理解してくれるだろうか。くれないだろうな。
だってこんなの、瞬間に過ぎないから。一松くんはきっと、この音を永遠に聴いていなきゃ納得なんてしないんだ。

私が何にも言えないでいるから、一松くんも私の言葉を待つのを諦めて、しどろもどろに話し始めた。



「……あのさ、俺、あの、なんで?」

「…うん?」

「何で、どうして僕なの、全然わかんない、何回聞いても」

「うん」

「だって、…いや、からかってるんだろ、なぁ。おかしいんだよこんなの……ありえないから」

「……はぁ」



案の定少し落ち着いてきた心臓をさらに落ち着けるため、深くため息をついて一松くんの目の前にふたたび座り込む。
一松くんは目を合わせようとしなかった。正座をして斜め下を見ている。引き止めておいてそんなどうしようもない態度しかとれない一松くん。どうしようもない人。それでもそれをどうにかしたかったのは私だった。



「……わかった、待つよ」

「え?」

「待ってって言ったでしょ、待つよ。それで、もう少しだけ説明してあげる」



一松くんはまたぽかんとしている。
その表情を見て、申し訳なくなった。怒ってごめんね。一松くんのそういうところを理解しておきながら、好きってぶつけて受け入れてもらおうなんて、そんなの有り得ないとは思ってたんだよ。今度は我慢するよ。
高校生の時、一松くんが私がわかんない問題をゆっくり教えてくれたことだってあった。よくおぼえている。だいすきだから全部全部、おぼえている。一松くんのいい所もどうしようもない所もおぼえてる上で大好きだった。
いろんな事を言った。怖い人かと思ったら猫と戯れててそんなところを見て好きになったよとか、声が好きとか、意外と頭がいいところが好きとか、目が好きとか、雰囲気がすきとか。でも、それだけじゃなくて、こういう卑屈で可愛いところも好きだった。



「えっと、」

「それで、一松くんが私のことそういう意味で好きになってくれたら、付き合ってほしいよ。私のこと信用出来なくても、それでも一緒でいたいって思ったら付き合って」

「……付き合って、なにすんの」

「手つないだり、デートしたり」

「それで?」

「それで?ああ、うん、じゃあ、それでまだまだ一緒にいれると思ったら、結婚とか」

「……僕が?」

「うん」

「どうして僕?僕と同じ顔ならあと五人いるし、何もこんな、」

「一松くん、たぶん私、ちょっぴり駄目な男が好きなの」



だから多少なら、面倒みたいというか。まだ待てる。もう少し。
そう言えば少しだけ納得してくれたのか、ようやく一松くんは黙って俯きながら、考えたいって言ってくれた。
そこで私はようやく安心できた。一松くんはたぶん、私のことそんなふうに意識したこと無かっただろうから。突っぱねられることだって考えてた。それに比べれば上出来だろう。



「じゃあ、もし良かったらまた明日遊ぼう」

「……うん」

「じゃあまた明日」



手を振る私に、約束破るなよって一松くんはいつもみたくじとりと言う。私がいつ破ったよ。いっつも猫に餌あげてたとか言って破るのはそっちじゃないか。本当に、どうしようもない人め。



(今度は逃げないでね)
160224
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