幾つかの黒点



ねえ昼間ってなにしてるの、やりたいことは無いの、好きなことは?これからどうするの?
とか、その時そいつがあんまりにも踏み込んで聞いてくるものだから、僕は腹が立ってべらべらと余計なことまで話してしまった。
ああ、強いて言うなら息してますかね、僕ってやる気がないんです、ていうかぜんぶどうでもいいし、ただ、無駄に生きているだけなのだ。ただのゴミ、燃えないゴミ。僕は、そう。



「燃えないゴミ、ね」



黙って聞いていたそいつがそう呟いた時、はっとした。しまった、と思った。これは失言だった。案の定なまえは僕を蔑むような、本当にゴミを見るみたいな視線を突き刺してくる。
僕は、自分で言ったくせにそれを見て顔がかっと熱くなった。怒りでだ。腹が立った。なんで、なんでお前なんかにそんな目で見られなきゃいけないんだよ。お前みたいな可哀想な社畜にそんな顔されたくないから。お前みたいないつも笑ってばっかで無神経な能天気馬鹿にまでそんな目されるなんて許せないし、お前も脳味噌レベルはどっこいだろ。
いや、正直なところ、それだけじゃない。怒りだけでなく、僕はショックでもあったのだ。いつも明るく太陽みたいに笑っていやがる馬鹿にそんな目で見られたことが…こいつだけはそんな目しないって、そう思っていたのかも。
まぁ、でも、ゴミなんだから、ゴミを見るみたいな目で見てくるのは当然。だが、それでも僕もゴミなりに見下されるのはむかつくし、とにかく嫌なのである。



「別に見下してないよ」

「そういう嘘いらねぇしウザイから」

「面倒な人だねぇ」



まぁ、見下されるのは嫌だよね。
からから笑ってなまえは言う。お前に何がわかんだよ、という顔をすれば、なまえはそれを読んだかのように答えをくれた。
社会的カーストが圧倒的に低いニートの僕だが、対するなまえは社畜であり、家にいる僕よりも常に見下されていると。毎日怒鳴ってくる上司だっていると、なまえは言った。
その上司を思い出したのか珍しく哀しそうにため息をついて憂鬱そうな顔をしたあと、無理してるみたいに笑ったなまえは確かに見ようによっては哀れでもあった。こいつもこんな顔できたんだ、みたいな。

でも、やっぱり何だか、楽しそうだった。楽しそうに見えた。
結局、頑張る人間という奴は、いつだってつらいといいながら楽しそうにするのだ。忌々しい奴らだ。



「楽しいくせに」

「そう見えちゃう?」

「クソムカつく」

「嫉妬やめて?そんなに羨ましいなら一松クンも働こーよ」

「っはぁ?さっきの僕の話聞いてた?うざいんだよ、全部、どうでもいいから、殺すぞ」

「ああ、燃えないゴミだっけ?」

「…………」

「大丈夫だよ、一松くん」



なまえは笑った。
そこで初めて僕は正体のわからない、けれど確かにそこにある大きな違和感に気づいてしまう。
不思議な感覚だった。なまえは確かに笑っているのに、いつもとはまるで別人みたいで、仮面みたいに剥がれそうなちゃちい笑顔なのだ。
チープで脆くて、その辺の虫けらと大差ないような、とにかくいつもの遠い笑顔ではない。何か食い違っていた。何か変だった。誰だこいつ。
そうして僕はひどく恐ろしくなって、背筋が寒くなった。手が震えて、心臓がばくばくと鳴り出した。なまえがこれ以上喋らなきゃいい。早く帰ってくれ。帰ってくれないなら、僕が出ていってもいい。
よく考えてみろ。大体なんで、なまえはここにいるんだ?今日、今日は会社は?平日の昼間、こんな時間にどうして。



「一松くん」

「……なんだよ」

「大丈夫。大丈夫だよ。心配しなくても、私が助けてあげるわ。あなたは燃えないゴミ、中身はそうでもね」




────身体は誰でも燃えるのよ。

そう言ってポケットに手を入れた彼女の袖から、ひどい焦げのにおいがした気がした。




160221
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