ただ眠れ



僕の女友達の1人であるなまえちゃんはとても可哀想だ。いや、何がって、頭が。
なまえちゃんは脳みそレベルがめちゃくちゃ低くて、小学生よりばかなのだ。いや、勉強ができないとかいう話ではなくて、一応なんとか高校も卒業できたんだけど。なんというか、なまえちゃんはおとぎ話の世界で生きてる。要するにちょっと、頭がいっちゃっているのだ。
頭が可哀想といえば身内にもひとりやばいのがいるんだけど、あれとどっこいだしひょっとしたら僅差ではあるがなまえちゃんの方が真性で手遅れでやばいかもしれないとすら思う。



「トドちゃん、トドちゃん」

「なぁにーなまえちゃん」



今日も嬉々として僕に色んな話をするなまえちゃんは無職だ。まぁ僕もなんだけど。
だからこそ僕たちには時間がありあまるほどあって、こうしてよく話をする。今日はうちだけど、2人でカフェに行く事もある。そりゃ、他の女友達と来た方がずっとリア充の気分を味わえるしいいんだけど、でも偶にはこの知能指数の圧倒的に低いなまえちゃんの話を聞くのが、なんだか辛い現実から遠く離れた場所に行けるようで息抜きになってよかったし、なまえちゃんもカフェに入るのは気に入っているみたいだからよく喋った。さっきはカラ松兄さんと並べたが、なまえちゃんと出かけるのとカラ松兄さんと釣りに行くのとは全く違う。現実逃避がお好きなのは一緒だけど、やっぱりこじらせ方は男女で違うらしく、なまえちゃんの方がなごむ。
それに酷いけど自分たちの残念具合はまだマシなんだとも思えて、安心したりもしていた。



「トドちゃん、宇宙にはね、私だけの惑星があるんだよ」

「へぇー、どんなところ?」

「すっごく凸凹してる、あんまり大きくはないかな。誰もいないから何にもなくて、だからわたし、そこにお伽話にでてくるみたいな、尖った三角屋根の、小さなおうちを建てるの。色は白だけど、月の光が反射して黄色に見えるの、屋根は黒。赤もいいけど、黒の方が大人でしょ」

「うんうん、月が近くにあるの?」

「そう、ちょうど裏側の方にあるの。それから、家の中にはお人形を飾る。だいすきだから。」

「えー、こわそう」

「みんなそう言うけどね、どの娘もやさしいんだよ」

「ふーん」



言ってしまえば心底どうでもいい話ではあるし、イライラしている時になんて絶対聞きたくないような話だ。たまにちょっとうざったかったけど、まぁそんな酷い事を言ったりはしない。ひどい事を言って失うのは惜しまれた。

なまえちゃんの夢のおうちの間取りの話が進む。
お気に入りの部屋は壁が本に覆われてるくらいの書庫。天井に大きな窓がついてて、星の映る湯船のあるバスルーム。ベッドルームの絶対に嫌な夢なんて見させない素敵な枕のこと。都合のいいはなしだ。本当、なまえちゃんの頭って可哀想だ。



「食卓は丸い茶色のテーブルがいい。テーブルの上にも黄色の薔薇を置くの。テーブルクロスはまっしろで、いつもキッチンにたたんでおいてあるんだ。それからキッチンには月でだけとれる魔法の粉とお砂糖がおいてある。それとミルク。
誰かと話す時、向かいあってその人とだけお話できるように、椅子は二つだけ。テーブルと同じ茶色に、丁寧で繊細な彫刻がしてあるの。座るのは招待した友達と、蝶ネクタイをした猫だけよ。あとは月のうさぎ。たまに招くの。私に魔法の粉をくれるのはこの子なの。」



素敵でしょ。と言ってなまえちゃんは笑った。想像力に富んでいるなまえちゃんのことだから、きっとなまえちゃんの星には庭もあって部屋だってもっとあって、もっと話したいんだろうけど、僕が退屈しないように話を切ってくれたんだと思う。



「素敵だねぇ。じゃあ、いつか僕も招待してね」



可愛くて憐れななまえちゃんにできるだけ甘い声でそう言う。喜んでくれるだろうって思ってた。
けれどなまえちゃんはどうしてかあっと息を飲んだ。それから、ひどく残念そうに眉を下げて目をそらしたのだ。




「ああ、トドちゃん、連れていきたいのは山々なんだけれど……」



いつの間にか僕は、片手にずっと持ったままだったスマートフォンを置いてなまえちゃんを見ていた。
なまえちゃんの口がその言葉を、おとぎ話の結末を形どったのを、最初から最後まで見ていた。




「でも、空は飛べないわ」



真面目な顔で、静かに言ったなまえちゃんに、僕はああ、と思った。
なんだか悲劇を見たあとみたいだ。なまえちゃんの言葉に、世の中の絶望が全てつまっているきがした。




160206
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