※幽霊の温度



※援交主につき注意




街中どこもかしこもイルミネーションがきらきらと輝いている。せっかくこんなに綺麗だというのにそれを一緒に見るだれかは隣にはいなくて、私はただ、ふらふらと街を歩いていた。
家路を急ぐサラリーマンや、手をつないで歩くカップルに何度もぶつかりそうになりながらも、ゆらゆら揺れる足を動かして、ただ。
目的地がないわけではない。だけどもう少しだけこの電飾をみて、考えたいと思った。今日という日が終われば私はほんの少しだけ昨日までの私とは変わるだろう。
どうかそしたら、今度は誰かを愛せる私でありますように。誰かに愛される私でありますように。

祈るように胸に手を当てて、そろそろ行こうかと決心したとき。私の前に誰かが立ちふさがった。
顔を上げると、とても見覚えのある顔。彼は、誰だろうか。私には昔から判別がつかなかった。しかも今はマスクをつけてるし。




「…カラ松くん?」

「一松ですけど」

「そうですか」



適当に言えば外れていたようで、彼はマスクを外しながら少しムッとしていた。
一松くんといえば真面目でやさしい子だったと思うのだが、女の子があっという間にびっくりするほど変わってしまうように、男の子だって目を離した隙に随分変わってしまうものらしい。
意識して判別しようと思ったことがないから今までその変化に気づきもしなかった。こうしてみればわかり易いけれど。しかしいつからこうなのだろう?

随分変わってしまったらしい彼とはいえ、二人で向き合ったのなんてもううんと昔のことだった。だからだろうか、何だか過去に戻ったような錯覚をして、頭がくらくらする。

大体、彼がどうしてこんなところにいるんだろう。兄弟まとめて童貞ニートで彼女なしと風の噂できいた。そんなかなしき六つ子に、この駅前のクリスマスムードは耐えきれぬだろうに。
しかも私の前なんかに立ちふさがるなんて。一体何の用があるというの。彼らみんなと話したのだって、もう随分前になる。彼個人ならさっきも言ったようにうんと前。数年単位。
こんな体たらくになってからというもの、当然だけど過去の付き合いは全部消していた。誰にも合わせる顔なんてなかった。



「どこ行くの」

「………かんけいないでしょ」

「彼氏と待ち合わせですかね、けっ」

「ちがいますね」

「じゃあ付いてっていいね」

「ついてこないで」



彼をよけて前に進む。人と話したからか現実に引き戻されて、足取りはさっきよりしっかりしたし視界もクリアになった。
しかし、どうしてか彼はついてくる。このままの速度で追いかけっこを続けて彼が不審者と思われても可哀想だし、面倒なので仕方なく速度を緩めた。会話はない。冷たい温度だけがそこにある。
そんなだから、同じ切符を買って同じ電車に乗りこんで、電車に揺られる頃にはまた私は彼の存在をわすれて夢心地になった。
閉まったドアに手をついて、外を眺めた。街の灯りがとても美しかった。視界がぼんやり溶けていく。涙ではない。涙なんて出ない。
ただ、わたしがそこに長くいられないだけなのだ。私が結局、何も見ていないだけなのだ。

電車を降りて、フラフラ歩いた。
そこでようやく彼のことをふと思い出し、横を向けば半歩くらい後ろに彼はいた。死んだような目でイルミネーションを見ていた。静かな人だ。
わたしは、とうとう口を開いた。



「…検査に行くの、エイズの」



もう別に言ってもいいかもしれないと思ったから言った。もしそれによって世界が辛くなったならすぐに死んじゃえばいいんだ。それだけ。
白い目で見られるのは慣れている。なれていると言っても辛いから死んじゃおうと思うんだけど。
だけど言わなきゃ一松くんは帰ってくれないし、私は夢心地でふわふわで判断がつかなくて、だから言ったわけだ。言って立ち止まれば、一松くんも立ち止まった。



「ふーん」



一松くんの返事はどうでも良さげだった。
顔をあげて一松くんの姿を目に映そうとするが、やっぱりぼやける。ぼやけた一松くんは、それから鼻で笑ったように見えた。



「あれですかね?この前一緒にいた彼氏がエイズだったんですかね?」

「彼氏がいたことは、ないんですよ」



私が返せば、一松くんは黙った。
そのまましばらくしても何も言わない。
だから私は、結局聞かれてもいない続きを喋ることにした。誰にも言っていない秘密だったけれど、明日さえ不確かな私には関係のないことだ。



「買ってもらったの」

「……へぇ、どんな奴に?」

「…痩せてる人もいたし、ふとっている人もいたな、でも、大体サラリーマン」

「うわ、一人じゃないの。どうかしてるね」



ええ、そうなんです。どうかしてるんです。
きっともう根っこからぐじゅぐじゅに腐ってて、頭がおかしいんです。とっくに病気なの。心も汚ければ身体もうんと汚くて、どこまでも醜い私だ。

一松くんはそんな私に、予想通りの言葉をかけてきた。



「きったない奴」

「でしょう」

「死ねばいいのにね、おまえなんか」

「殺してくれる?」

「やだ」



まぁ、私の血がかかったらそれはもう可哀想だから別に期待はしてないよ。私の汚らわしさがわかったならもう帰ってね。交通費は出しません。

だけど一松くんは帰らない。それどころか私に訳のわからないことを言ってきた。



「だけどまぁ、行ってやってもいいよ」

「………どこに」

「一緒に行ってやるって言ってるんだけど、検査。怖いんだろ、だからふらふらしてた」

「……どうせならわかる前に、もう一回誰かに買ってもらおうか迷ってただけ」



それは普通に嘘だった。もう虚しい。買ってもらってもかなしいだけだった。当然だけど。
私の目の前は、いちごの色で埋め尽くされてしまっている。目は真っ赤。見えるものすべてが真っ赤に見えてしまう目だ。
もともと悪い脳も薬でとけて、助かる余地はなし。とっくに手遅れなんだ。そもそも、私はどうして私を売ったのか。それすらもう思い出せない。
さみしかったのかもしれないし、変わりたかったのかもしれないし、だけどたぶん、その全てが、なんにも手に入りはしなかった。



「ふーん……そんなしたいなら、誰でもいいんならしてやってもいいけど」

「……なにいってるわけ」

「だから、やってやろうかって言ってんの、一回で理解してくれる?クソビッチ」



わらう彼に、一瞬どきっとした。ときめきではない。これからエイズ検査に行くって人に淡々と言うものだから、ぞっとしたのだ。
そんな私に続けて、一緒に病気になって野垂れ死のうよ、なんて巫山戯たことを彼は言った。
彼も頭がおかしいのだろうか。何かスリルが欲しいのかもしれない。面白そうに笑っていた。
だけど少し考えればわかる。彼にする気も、死ぬ気も本当はないだろう。だって彼はクズだ。
わたしが言えたことではない。わたしも何度もそんなことを言って、死のうと言って結局今も息をしているクズ。死のうなんて言葉はいってみればただの吐精。いつまでもどこまでもクズだった。

ぼんやりと考えている間に、私の汚染された手を握って彼は歩き出した。
ずいぶん機嫌が良いようにみえる。自分よりクズな人間をみて、喜んでいるのだろうか。
今になって気づいたけれど彼の死んだような目も何も見ていないように見えた。一松くんも、ひょっとするとここにはいないのかもしれない。

きらきらゆれるイルミネーションのなかを二人で歩けば、不思議な気分になった。ジッと見つめるとぼやける光のように、このまま本当にふたりでぼやけて幽霊になってしまうような感覚。
そうなったら、きっとすてきだ。彼にとってそれは悪夢かもしれないけれど。私は、今なら誰にも見つけてもらえなくとも寂しくないかもしれないなんて、勝手ながらに思ってしまったのだ。
汚い私に幸せな終わりなんて、プレゼントなんてあるはずもないのに。






おそらく童貞のうつくしい彼が、私と一緒に検査を受けるのは滑稽で、すこしわらえた。
151225
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