変わり者は月へ行く
槻谷夜代という人間は
大変な変わり者だと、一松はいつも思う。
自分なんかを誘う時点でおかしな奴だと、そんないつもながらの自己卑下の感情からもそう思っていたが、それだけではない。
夜代は変わっていた。本当に変わり者だ。前から気づいていたけれど、知れば知るほど変な人だった。
ある日突然誘われて、紆余曲折の末ここに入部してから数ヶ月がたっていた。そしてこの数ヶ月間、一松は普段ここで夜代が何をしているかを観察していたのだが───まぁ、活動は、正直大したことはしていなかった。
まず、夜代は大抵の時間を本を読んですごす。入部前の夜代の印象から、部活が大好きで天文学に固執しているものだとばかり思っていたが、読んでいる本は意外にも文学作品も多い。らしい。(表紙で判断している。)
本をある程度読み終えると、今度はゲーム、それから菓子を広げたり、だらっと寝てみたり。
夜代はあまり天文部らしいことをしない。一松も当然、天文部らしいことはしない。
ただひとつ、らしいことをしているといえば。
毎週水曜日、模造紙を黒く塗りつぶしていることくらいだろうか。
勿論ただ塗りつぶしているわけではなく、彼女はそこに白いインクをこぼして丁寧に星座を書いていた。
「…プラネタリウムもってるんでしょ、いらなくないそれ」
「え………いる!」
「なんのために」
「月に行った時に迷わないように」
取り憑いているかのように部室にいる時点でだいぶ変わり者ではあるが、そこでやっていることは大したことじゃない。一人が好きなのだろうと、そう思うだけだ。一松が夜代が変わり者だと思う理由はこれだった。
夜代は、時々変なことをいう。何をいっているんだと思う一松に、更に月に電気はないでしょ、なんて夜代は当然のことを当然のようにつづけた。
このように夜代は大変な変わり者だが、しかし一松はそんな夜代の不思議さが嫌いではなかった。
「あんた、ほんと頭おかしいよね。俺みたいなのに言われたくないかもだけど」
「えー?」
「………それ、いつからやってんの」
「割と最近だよ。今年の春から」
「ふーん」
一松は、重ねられた黒い模造紙に目を移した。
────自分が入部した時より、だいぶ進んでいる。その地図を手にして、月に行くのはいつ頃の予定なのだろうか、なんて思いながら一松は夜代をじっと見つめた。
160128
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