小宇宙 | ナノ
春の咲いた日

春うらら。そんな言葉がよく似合いそうな、やさしい春の光に包まれる昼下がり。
満開にはまだ至らない桜の木の下を一松と並んで歩いていた夜代が、不意に大きく伸びをして言った。



「私ももうすぐ三年生かー」



学年末テストも無事終わり、今日は終業式。他人事みたいに夜代は言ったが、彼女の言う通りもうすぐ夜代は3年生に、一松は2年生になる。四月は目前に迫っていた。
夜代が3年生になることは、一松も当然わかっていたが、大した実感はなかった。しかし、夜代の口から続けて「とうとう最後だ」という言葉を聞いた時、背中の奥がざわり、と一瞬揺れた気がした。
わかってはいたはずなのに、一松はどこかで錯覚していた。まるで彼女も自分と同じ分だけしか高校生活を送っていないと。しかし実際は違う。彼女は1年、2年ときちんと時を重ね、とうとう最後の年を迎える。たった1年は、こうしてみると随分大きく思えた。
ある部分においては疎いところがある夜代は、一松の考えている事に、いやにじっとりとしたこの焦燥感に気づかず、にこにこ笑ってスキップしながら、隣の一松を見上げた。



「さてさて。来年度も、我が天文部に優秀な新入生は入ってくるかな?」

「…………」



言われて、一松は想像してみる。あの空間に、あのひどく寂しく、穏やかでやさしいあの部屋に、自分と彼女以外の全くの他人が入ること。
男か、女か。まずそれを考えようとして、すぐにやめた。簡単な話、すごく嫌だと思ってしまった。



「…いらないよ、新入部員なんて」

「ええ?そしたら再来年度は一松だけになっちゃうよ、さみしいよ、廃部だよ?」

「あんたがいない時点でやめるつもりだし。再来年は廃部決定。おめでとう」



夜代はえー、と不服そうな声を上げたあと、突然なにかに気づいたように立ち止まり、目を丸くして一松を見た。それから口元を抑えて、照れくさそうに目を逸らし、小さく笑った。



「……えっと、えへへ」

「…なに」



聞いてもふるふると首を振って教えてくれない夜代の、照れ笑いの意味を考える。そしてすぐに思い当たり、一松は一気に顔を赤くさせた。
その隣でなおニコニコしている夜代にその顔を見られたくなくて、恥ずかしくて早歩きすれば、夜代はにこにこしながら追いかけてくる。それから、幸せそうな声色で、歌うように言った。



「ありがとね、一松」



私に会いに来てくれてありがとう。そう言った夜代の笑顔は春の日のようにやさしく、一松にはそれが眩しくて、暖かくて、到底手放し難く思った。
あと1年。短いかもしれないが、それでもそう簡単には終わらない。1年は平等に流れるとわかっていながら、そう思っていた。今が少し、しあわせだったのだ。悪いことを忘れてしまうくらいには、しあわせだった。

170322
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