駆ける
「夜代、消えちゃいそうだよ」
待ち合わせている訳では無いけど、何となく、いつものようにおそ松兄さんと2人で十四松を待っていた。いつもより随分遅れてやってきた十四松に、居残りかと疑問に思いながらも、とりあえず来たしよし帰ろうと昇降口を出て歩き出した時だ。十四松は不意に、そう口にしたのである。
ドキリとした。心臓が跳ねて、時間が止まったように思った。夜代さん、という単語にまず怯えて、それから、言われたことを咀嚼してまたドキリとする。
────夜代さんが消えちゃいそう。それは、以前僕も思ったことだ。そんなことバカバカしいと笑って流した事を、同じように考える人間が、ここにいたのだ。
夜代さんは、僕以外から見ても、消えてしまいそうなんだ。
「……会ってきたの?今日」
「うん。だって、1人で部活って、さみしいと思うから」
「………」
「でもぼくは自分の部活があるから、やっぱり一松兄さんが見てなきゃだめだよ」
「……何で」
「夜代言ってた。寝そうな時、消えそうで不安だって。見張ってあげなきゃ」
「………」
黙して、視線を下げた僕に、視線がふたつ突き刺さる。おそ松兄さんも、立ち止まって僕を見ていた。何にも言わずに、見ていた。
────そんなふうに、見られても。見張るのなんて、僕以外がやればいいんじゃないか。気まぐれで、なんでもこうやって投げ出す僕じゃなくて、ずっと見てくれる人は、きっと他にも。
「いないよ、夜代には」
「…なんで言い切れるんだよ」
「夜代は一松兄さんじゃなきゃたぶん楽しそうにしてくれないよ、僕の時も、おそ松兄さんの時も、すっげーつまんなそう!!」
「……そんなこと」
「いやいやつまんなそうではなくない?流石に「夜代のところに行ってあげてよ一松兄さん」
夜代が死んじゃう。
おそ松兄さんを押しのけるように、少し早口で言った十四松は、いつものように口をぱっかり開けている。けど、笑っていなかった。
夕日によって影の差すその顔に、背筋に冷たいものが走る。その言葉は、比喩にしては重たい響きで、真実味を帯びていた。
僕は、十四松に背中を押されるようにして、とうとう駆け出した。
まだきっと、夜代さんは、あそこにいるはずだ。たったひとりで、いるはずだ。
「……怒ってる?十四松」
「ううん、ありがとうおそ松兄さん!」
「いや、こっちこそありがと」
帰ろーぜ。
ぶっきらぼうに踵を返して歩きだしたおそ松に、十四松は笑って、その後を追いかけた。
161121
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