再会の落とし穴
私という人間は、案外運がいいのかもしれない。
夜代はひとりそんな事を思って、思わず口元を緩ませ目を輝かせた。
夜代は、つい先日新入生にきみ可愛いね!とナンパのように声をかけてしまった不審者だ。
そんな不審者の彼女は、次また会うことがあったら入部してくれると親切な約束をしてくれたその新入生の後ろ姿をなんと今日、発見してしまったのだ。
まさかこんなに早く会えるとは。
感動しつつ呼び止めようとして、名前を聞いていなかったことを思い出す。
思い出したが、特に問題があるわけでもないので夜代はすぐにその事は放り出して、新入生をとっ捕まえることに決め駆け出した。
足音を聞きつけ振り向いた新入生が逃げ出してしまわぬようがっしりと肩も掴んで。
「また会えた、約束守ってね!」
それは、間違えるはずもなく、まごう事なく、あの新入生のはずだった。────それなのにだ。
「っえ、ええっ?わ、あの、えっ?えっと、や…やくそく…って?」
───まさかのすっとぼけられた。
夜代は彼がどういうつもりでこんなボケをかましてきたのかはわからなかったが、前と違って随分緊張しているように振舞う彼を怪訝に思って、とりあえずゆっくり手を離した。
「…?この前、また会ったら部活やってくれるって」
「僕が!?僕そんなこと言ったかな、……あ。」
夜代の言葉を聞いて、新入生は反論しかけた後、目を見開いて夜代を二度見した。
それから納得したように三度ほど頷いた。
「ああ、ああ。なるほど。もしかして天文部の?」
「そう!」
思い出してくれた!
と、夜代がほっとしたのもつかの間。彼は、夜代にとっては突飛でとんでもないことを言い放った。
「ああーそっか、君が……残念だけど、ぼくは前の僕とは違うというか、うん。違うんです。人違いというか」
「…うん、うん!?!?」
「じゃあ、うーんと、何ていうか頑張ってね」
「えっいやあの!」
「え、なに…?」
「…いや、うーん、うーんと、前となにがちがうの?」
「ごめん、それはないしょにしろって言われてるから言えない」
「えっ誰に」
「言えない、とにかくごめん!」
────いや、本当に意味がわからない。
せかせかと去っていく後ろ姿を見つめながら夜代は考える。天文部入りたくないのか?いや今別にそうは言わなかったよな?
「…確かに前とは違う、前より…しっかりしてた?…可愛さのベクトルも違ったし……まさか別人格?」
なんだか私、難しい人間に関わってるんじゃないか?
夜代の頭にそんな考えが一瞬よぎったが、夜代にはこの時期、どうしてか冷静な判断力が欠けていた。
だからこそ夜代は名前も知らない新入生にそれからしばらく振り回される事になったのだった。
151119
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