小宇宙 | ナノ
停滞

一松が部活に来なくなってから、二週間と四日が過ぎた。本当なら、そんなに時間があったら、私は一松を五十回は見つけられる自信があるけれど、私はあれから一度も一松に会っていない。
そりゃそうだ。まず探していないんだもの。寧ろ授業が終わったら、見つかってしまわぬよう逃げるように部室に来てしまっていた。
探そうという気持ちが全く無いわけじゃないし、まして会いたくないなんて事あるはずもない。ただ、探そうとか会おうとか思った瞬間に、その気がしょぼしょぼと萎んでいってしまう。
たぶん、私は怖いんだろう。私は、一松に会ってなんと言えばいいのか、何を話せばいいのか、どうしたら許してもらえるのか、また来てくれるようになるのか、どうしてか全然考えが浮かばない。

そうして何も出来ず、俯いて考える今日の私の前には、何故か十四松くんがいた。



「十四松くん…」

「何!?」

「…ううん。なんでもない」



扉を蹴破る勢いで開け、「しつれーします!夜代ー!?」と大声で言いながら入ってきた十四松くんを見た時、私はびっくりして固まった。
それから咄嗟におそ松くんの顔を思い浮かべて、次に一松の鋭い目を思い出して慌てたが、帰ってくれという言葉は、情けないことに、結局声になりきらなかった。
人がいると、混乱した頭が落ち着いた気もする。



「ねえ夜代、一松兄さん、やっぱり来ないの?」

「…来ないねぇ」



ばりばりとお菓子を頬張りながら首をかしげた十四松くんに返した返事は、思いの外するりとしていた。醜く掠れることも無く、ただの事実のようにこぼれ落ちた。変かもしれないけど私には、それがショックだった。



「私がね、おこらせちゃったんだ」

「そっかー」

「うん。…ねぇ、ところで、話は変わるんだけれど…十四松くんは部活大丈夫なの?あれ?部活やってたよね。たしか野球…」

「全然大丈夫っす!お腹減ったっす!」

「ああ、じゃあ、お菓子食べに来たんだね……」

「うん!」



元気のいい明るい返事だ。だけど、こうして一対一で改めて表情を見ると、少し、十四松くんという人間について考えさせられる。
ぱかっと開いた口元は相変わらずで、笑っている。しかし、なんだか、別に楽しそうにも見えなかった。無邪気かと思っていたけど、実はそうでもなかったりするのかな。彼が何を考えているのか、いまいちわからない。
部外者だから当然と言われれば当然だが、この部室の中でも彼はどこか異質で、異色で、絶対に溶け込んだり馴染んだりすることはなかった。だからつい、私もまじまじと見てしまう。
────私はよく変わり者だと言われるけれど、この子も相当だろうなぁ。
そんなことを考えている間に、十四松はお菓子を食べ終わったらしい。ごちそうさまでした、と手を合わせた後、私の目をようやくじっと見つめかえしてきた。私は、居心地が悪くてふと、逸らしてしまったが、十四松くんは構うことなく私に話しかけてきた。



「あのね夜代」

「っうん…?」

「一松兄さん、べつにもう怒ってないと思うよ」



私がえ、といって再び十四松くんの方を見た時には、十四松くんは鞄を持って立ち上がっていた。



「来づらいだけ!じゃあねー!!」

「えっじゅ、十四松く、」



バタンと扉が閉まる。嵐のようだった。
取り残された私は、しばらくぽかんとして、それから十四松くんの食べ終えたお菓子のお皿をゆるりと見やる。
───十四松くんは、やさしい。お菓子を食べに来た、と言っていたけれど、多分様子を見に来てくれたんだろう。一松のことも、私の事も気遣って、本当に、松野十四松という人間は案外いろんなことを考えてるに違いなかった。



「…来づらいだけ、かぁ…」



十四松くんの言葉を自分の舌に乗せて、繰り返してみる。何だか体が冷たくなってきて、私はぎゅっと自分の身体を抱きしめてみた。
────怒ってないから、なんだろう。ひょっとして、探しにいけと言っているの?



「…ちょっと、まだ、無理かも」



今会いに行っても、私はまた、一松を怒らせてしまうだけな気がする。もう少し、ゆっくりひとりで考えたかった。

160718
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