小宇宙 | ナノ
燃え上がる

何処かの誰かが憂鬱に思おうとも当然関係なしに、予定通りに新学期が始まった。
始業式とHRを終えて、一松は重い足を引きずりながら寒い廊下を進む。向かう場所は、勿論3階の奥の資料室だった。いつものようにドアを開ければ、一松の目には書籍の山と、机と、多すぎる椅子と、星の地図、そしてその他色々なものに囲まれて奥に座っている夜代の姿が飛び込んできた。いつだってそうして、ようやくこの物語は始まるのだ。
夜代は一松の姿を目に移すと、去年と変わらない、心底嬉しそうな目をして立ち上がって、寒い冬を吹き飛ばすような眩しい笑顔を浮かべた。



「一松!あけましておめでとう」



毒気を抜かれるような夜代の雰囲気に一松
は一瞬ふわ、と口元が緩みそうになったけれど、鞄の中の例の火種がそれを許さない。
何もかも変わらない資料室の中、一松だけが去年と決定的に違っていた。



「(……いや)」



────僕は、違っていない。何も違っていない。ただ今まで気づいてなかっただけ。馬鹿だっただけだ。
ここは学校の中で、他より居心地がいいと馬鹿みたいに思っていた。よかったと思おうとしてた。だけど思い返せば確かに息苦しい時間だってそれなりにあった。
とうとう完全に気づいてしまったに過ぎない。初めから、うまくなんていってなかったんだ。



「一松?」

「…………夜代さん」

「どうしたの、深刻そうな顔して…」



心配そうな顔をする夜代を、一松はじとりと睨めつける。細められた目は威嚇しているようで怖かったが、夜代はそれにすっかり慣れてしまっていて。だから怯むことなく、ただ様子のおかしい一松に首をかしげるばかりだった。
一松は、重たい手つきでカバンの中に手を入れて、兄から預かった漫画本を取り出した。



「…これ、おそ松兄さんが返しておいてって」

「え、?ああ、ありがとう」



拍子抜けしたような様子で漫画を受け取り、笑顔でお礼を言った夜代に、その何でもない様子に、一松はぎゅっと拳を握りしめる。
それから俯いて、漫画を片付けている夜代の背中に、絞り出すように低く低く言葉を吐き出して、弱々しく投げつけた。



「…それから、おそまつにいさんが、その漫画の続きかしてほしいって」

「え?あー、うん、持ってっていいよ」

「……というか、おそ松兄さん来てたんだね」

「ああ、うん。そうだよ」

「…………」



一松の話を頭の中で整理しながら、夜代は一瞬手を止めた。
それから、ふとおそ松の顔を思い浮かべる。一松とそっくりなのに、人懐っこくて器用で、楽しそうで、明るくてお気楽で、全然違うおそ松が何だかおかしくて、夜代はふっと笑った。
一松は、夜代のそんな心情が手に取るようにわかると感じた。

そんな思い込みに追い打ちをかけてしまったのが、夜代本人だったのが決定打だった。



「おそ松くんてすごいよね、あの子急にやってきて、居座れるんだもの。明るくて、人懐っこくて、友達いっぱいみたいで…いいなぁ」

「、」

「かわいくって、羨ましいよ」



────なにが?うらやましい?

なにそれ。



「どうせ僕は何にも取得ないですけど」

「────え?あ…待って、違う、そんなこと、そんなことないよ、今のは、そんなつもりじゃない。一松は……」

「おそ松兄さんでもいいんじゃん、俺がいなくてもその日はおそ松にいさんが代わりになるんだもんね、そうだよね」

「え、ちょ、ま、待って、ねぇ、一松!」

「それじゃあ、さよなら」



追いかける夜代を振り払い、バタンと空気を殴りつけるように乱暴に扉が閉められる。夜代にとっては、それはあんまりにも突然の事だった。追いかけなきゃ行けなかったのかもしれない。だけど夜代はその時、伸ばした手を落として、呆然と座り込むしかなかった。

160716
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