小宇宙 | ナノ
火の粉

一松が、それこそ入部した頃から少しずつ溜めていた負の感情が、ついに消えることなく育ちきってしまったのは、それからすぐの事だった。
正月はあっという間に過ぎてゆき、冬休みも最終日を迎えた頃。もうすぐ新学期だからと、だるそうにしながらも各々学校の支度を始めていたその日、おそ松の鞄から小さな秘密がこぼれ落ちた。



「あ、やべ」



おそ松はそう言って落としたものに手を伸ばしたが、その手が届く前に誰かがそれを拾い上げる。
それを目で追って、自然と顔を上げれば、じとりとした目と目が合った。
それを見ておそ松は今度こそあーあ、と思った。正直バレやしないだろうと思っていたのにこんなにあっさりバレてしまった。
そうは言っても、先ほども言ったようにそれは小さな秘密で、大した秘密ではない。バレても問題ないだろうと思っていた。が、この様子では、相手にとってはそうでもないようだ。
ちょっとめんどくさいなぁ、と思いながらおそ松が頭をかいていると、おそ松の秘密である一冊の漫画本を拾い上げた一松は、目を細めて漫画とおそ松を交互に見た。



「これ…夜代さんの」

「あー、てかよくわかったね」



感心したように言うおそ松に、一松は裏表紙を指さす。のぞき込んでみれば、そこにはネコのシールが貼ってあった。
一松の記憶が正しければ、それは夜代が落としたり無くしたり盗まれたりしないように、と言って、学校に持ってきた日に貼っていたものだ。
それを見ておそ松はカワイー、と他人事みたく言うので、一松はさらに眉間に皺を寄せた。



「おそ松兄さん、夜代さんとこ行ってるでしょ」



一松のその憶測は正しかった。おそ松は一松が居ない日に天文部へ寄っていて、漫画本は確かにその時に借りてきたものだ。
しかし、低い声でやけに重苦しく呟く一松に、おそ松は一瞬だから何だよと思う。だって、漫画を借りているだけだ。他にはなにもない。
一松の機嫌が良くなるとはさすがに思っていなかったし、だから黙っていたけれど、実際に機嫌悪くされるとなんだか理不尽な気がしてきた。
高校に入ってからも色んな人とそれなりに上手くやれたおそ松には、一松がどうしてこんな“些細なこと”で怒るのかまだ理解できなかったのだ。
それに、一松本人にもわかっていなかったように、一松とって夜代がどんな存在なのか、それも図りかねていた。部活に行かない日がある時点でそこまでではないとどこかで思っていた。
それでも思った以上に機嫌が悪いので、とりあえず適当に謝っておいてこの場を乗り切ろう!とおそ松は考えた。



「いやーごめん一松!この漫画だけどーしてもよみたくて!」

「別におれが借りてきてあげるし」

「え、ほんと?やった!頼むわー」



なんとも簡単な提案に、なんで今まで思いつかなかったんだろうとおそ松は簡単に喜んだ。そして一松に「返しておいて」と漫画を渡すと、御機嫌で鼻歌を歌いながら部屋を出ていってしまった。
どこまでもマイペース、あまり良くない言い方をすると自己中なおそ松に一松はふう、と溜息を吐く。そして何事も無かったように、但しさっきまでと同じようにだるそうに準備を再開した。

その横で、一部始終を見ていたトド松は、しばらくそんな一松をじっと見たあと、にやけないように注意しながら一松に話しかけた。



「一松兄さんってさ、もう結構夜代さんのこと好きだよね」

「……は?…なにいってんのお前」

「いやだってさぁ、今の見てたら誰でもそう思うでしょ」



そう言ってからかう様な口調で話し続けるトド松に一松はむっとして、しばらく黙り込む。
それから、既にしっかりと準備され綺麗に並べてあるトド松の荷物の中から上履き袋を徐ろに掴み、腹いせとばかりに部屋の外に放り投げた。
廊下を滑り玄関の方まで行ってしまったらしい上履きが引き戸にがん、と当たった音がした。

トド松は突然のくだらな過ぎる小さな嫌がらせに一瞬ん?と固まった後、次の荷物に手を伸ばす一松の手を慌ててひっぱたいた。



「ちょ、地味な嫌がらせやめてくんない!?」

「トド松とってこい!!!」

「十四松兄さん犬みたいに言わないで!もー、ほんっと低レベル!」



トド松は一松から荷物を遠ざけつつそう吐き捨てて、ぶつぶつと文句を言いながら上履き袋を取りに部屋を出た。
そこへ通りがかったカラ松が「俺の筆箱を見なかったか」とトド松に話しかけたので、トド松は部屋に戻らずにそのまま探しに行ってしまう。
しばらくは見つかりっこないだろう、と2人の会話を聞いていた一松は密かに思った。なぜなら、カラ松の筆箱は先日、一松が押入れに隠しておいたからだ。

一松は心の中で密かに笑った後、ふと、部屋に残された、手を振ってトド松を見送った十四松に目をやる。彼の準備は全然進んでいないようだった。
一松の荷物のすぐ左にきちんと並べてある三男の荷物とは正反対だ。几帳面すぎて気持ち悪いくらいにきっちりと置いてある左側と、嵐でも来たみたいな右側。
ぐちゃぐちゃに散らかっている教科書や宿題の小さな海の中で、相変わらず何を考えているのか、ぱっかり口を開けたまま十四松は天井を見上げている。
何だか気になってじっと見ていると、彼は一松の方を見た。それから、首をかしげて一松に尋ねた。



「一松兄さん、夜代のことすきなの?」

「…ちがう」



ただ、誘われたのは一応自分で。おそ松ではない。だから違和感があったというだけのことだ。
そして、その自分が行かないとあの人は1人で文化祭の準備をして、1人で星の絵を描いて、1人で進路を考えて、1人でクリスマスを過ごすのである。
あの酔狂な変人が何度も誘ってきたから自分は入って、あの人が望んでくれるから、とりあえず自分はそこにいる、だけ。



「(…本当にそうだろうか?)」



────本当に、今でも望んでくれているだろうか?夜代さんは、あの日ああ言ったけど、本当は俺じゃなくたっていいんじゃないの?

また嫌な方へと進む脳みそに嫌気がさしながら、それでもそれが正解な気がしてならない一松に、十四松はそっかーと相槌をうつ。それからまた、別の問を投げかけた。



「じゃあ部活好き?」

「……わかんない」



だって、こんなにもやもやする。心が深く深く暗いところに沈んでいくのがわかった。
そんな所にやってきたカラ松が、誰にネタバレされたのか一松に向かって「おちゃめなブラザーだぜ」と言ったのは、本当にタイミングが悪いとしか言いようがない。
突然脛を蹴っ飛ばされ涙目になりながらはてなマークを飛ばしている次男を見て、あとを追ってきたトド松は肩をすくめた。

160607
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