小宇宙 | ナノ
溶けていく

マフラーや手袋でいくら防ごうとしたって、12月の厳しい寒さからは逃れられるわけもなかった。
頬を打つ凍っているような風が痛く、身体もぎしぎしとなっている。せめてコートでもあれば良いのだが、生憎制服の上に着るようなコートを持っていない。
だから仕方なく、一松はブレザーの袖を引っ張るようにしてポケットに突っ込み、ひとり縮みこまりながら賑わう街を歩いていた。

兄弟達は今頃ぬくぬくとこたつの中にいることだろう。一松が出ていく時、正気じゃないと叫んだおそ松なんかは、この冬休み一度だって家を出るつもりはないに違いない。
十四松すら団子になっている。一松だって、本当なら冬休みは絶対に一歩も家から出てやるものかと思っていた。
だけれど。一松はこたつの中でふと、思い出してしまったのだ。────槻谷夜代という変人が、夏休みも学校に通っていたこと。
気づいてしまってからは何だかいてもたっても居られなくなって出てきてしまったが、学校につく頃にはその事をひどく後悔した。────ああ、そうだよ、今日クリスマスイブだったよ。
街に溢れかえっていた恋人達の姿を思い出してこれ以上ないくらいに殺気立つ。こんな思いして当の夜代がいなかったらどうしようかと一松は思った。何てったってクリスマスイブだ。夜代も流石に暇でないかもしれない。

しかし、そんな心配はすぐ杞憂だったとわかる。
資料室の方から明かりが見えたのだ。



「……居やがる」



夜代さんは、本当に何をしているのだろう。自然と駆け足で資料室に向かった。
────自分が来たのを見たら、あの人はどんな顔をするだろうか。

夜代の反応を思い浮かべつつ、やっと校舎の端にあるドアの前に立つ。僅かに息を切らしながら、ドアを開ければ。
夜代は、一松の期待通りの顔をしてこちらを見て固まった。



「…え」

「…はよ」



一松が初めてこの部室に来た時にしたような顔だ。瞬く星を溜めこんだ目をぱっちりと見開いている。
そんな夜代を見てある程度満足した一松は、固まる彼女を無視して部室に足を踏み入れた。
ストーブを炊いているようで部屋の中は暖かく、よく見れば驚く夜代の手元にはカップのアイスがある。



「そのアイス、俺の分もあるよね。あったまったら食べたい」

「い、一松…な、なんで!?」

「……来ちゃ悪い?」

「ぜっ全然!!」



わざとらしく顔を顰める一松に、夜代はぶんぶんと首を横に振った。
それから、ストーブのすぐ前に置いてある椅子に座った一松の方に駆け寄って、隣に座っていつものように楽しそうに明るい声でお喋りを始めた。



「えー、だって、まさか来ると思わなかったから!というかなになに、クリスマスイブにこんなところ来ちゃって。さては一松彼女いないな」

「盛大ブーメラン」

「そうですよ、私も彼氏はいません」

「何ドヤ顔してんの?」



何故か威張ったポーズで言う夜代。あんまりそういうことを気にするタイプではないようだ。
一松は「なんか、っぽいわ〜」と心の中で呟いた。



「あ。アイスごめん一個しかないんだ。一口あげようか」

「は、………いや、いい」

「そう?」

「…ところで、夜代さんは、こんなイブの日にまで何してたの」

「えー?えっとねー」



一松の質問に、夜代は椅子から立ち上がると、さっきまで座っていた席に戻っていった。そして、机の上に置いてあった何やら問題集のようなものを一松の方に掲げて見せた。



「星検の勉強!」



夜代がにっこり笑って見せた問題集の表紙には星が散りばめられていて、星空宇宙天文検定と書かれている。
そんなのがあるのかよ、とそこにまず驚いたが、一松は夜代が専門的に天文について勉強していることに今更驚きだった。



「………夜代さんってちゃんと天文部なんだね」

「もー、そりゃそうでしょ。別にプラネタリウムきれいだからーとかそれだけで天文部なわけじゃないんだよ」

「好き勝手できるからかと」

「それもあるけれども」



夜代はふふ、と笑った後、パラパラと教材をめくって、それからそれをだいじそうに胸に抱きしめた。
そして、どうしてか残念そうにため息を吐いた。



「でも、私ね、天文学はすきだけど、私には向いてないなって勉強する度に思うの」

「何で?」

「だって、…だって金星はあんなに綺麗なのに、私達が実際に行ったら熱くて、しかもぺちゃんこになっちゃうでしょ?そういうのが、私すごくがっかりするの」



夜代の話を聞きながら、一松はちらりと夜代がいつも読んでいる本の山を見て、ああと納得した。
物語が好きな所からも解るように、夜代の頭は理系というよりは文系である。それだけではなく彼女は案外ロマンチストだ。
月に行った時に迷わないように。なんて言ってのける彼女には、たしかにがっかりすることの方が多いのだろう。



「じゃあなんで勉強するの?」



ただ見ていれば、それは夜代の理想のまま、そこにきらきらして存在し続けるのに。
そんな考えも込めて一松が聞けば、夜代は「すきだから」とだけ答えた。

夜代の答えは曖昧だ。普段だったら必要以上の事まで答えてくれるのに、たまに、こうして核心からズレている。
そういうとき、敢えてずらしたり、はぐらかしていることに一松は気づいていた。



「いやでも、勉強した上で思ったけど、やっぱ住むなら月だよね」

「いや…夜代さんは新居探しでもしてんの?」

「面白いこと言うな一松は」



夜代は問題集を置き、んー、と唸った。



「でも、宇宙はとても住みづらいよ」



それだけ言って、夜代は1度口を閉ざした。すでにそれ以上その話題を続けるつもりは無いらしく、それからすぐにそういえばさ、と普通に話題を変えてきた。



「そういえば、話すごい変わるけど、一松は今年紅白見る?」

「…ああ…毎年ウチもついてるけど…俺はだいたい途中で飽きて、こたつで寝る」

「あー、私もね、途中まで見るけど、全然知らない人ばっかで。興味あるアーティストは紅白どころかテレビも出ない…」

「わかる」



ねー、と話しながら、夜代はまたストーブの前にやって来る。
そして、椅子の上のアイスが置いてあったはずの場所を見てああ!と悲痛な声を上げた。



「アイスがないよ一松!」

「いやあるけど」

「溶けてる…」

「そりゃそうでしょ、ここストーブの前だよ」

「仕方ない…飲むか……」



眉を下げてぽすん、と隣に座った夜代を見て、一松は何を聞こうと思っていたのかすっかり忘れてしまった。
ただ、隣にいるけどまるで遠くにいるみたいな夜代に不安をつのらせて、夜代が喜んだにも関わらず今日来たことを少しだけ後悔する。

160502
prev next
BACK
TOP
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -