みらいのはなし
期末テストが終了し、夜代が楽しそうに読書戻るのを見て呆れながら、一松も漫画を抱えて席についた。夜代の成績は、一松がちらりと見た限りでは良かったようだ。
一松の方もそこそこの成績で、特に喜ばしかったり残念だったりといった感想はなかった。
テストが終わって普段通りに戻るんだなと一松は思っていた。けれどふと夜代の方に目を向けて、あれ、と気づく。
夜代の大好きな文学小説の中に、今まで見かけなかったような本がいくつも混じっていたのだ。「やさしい建築・設計」やら「公務員過去問」やら、その他にもパティシエ、さらに何故か将棋のルールブックまであって、首をかしげた。
「これは?」
一松がひょいっと拾いあげると、夜代は『たのしい自営業』の本から顔を上げて、苦い顔をした。
「ああ、色々ね、ほら、やっぱりまだ2年の2学期とは言ってももう2年の2学期だし、進路決めなきゃだから」
「……将棋のルールブックも?」
「棋士になるかもしれない」
真面目な顔で返ってきた、至って真面目な回答だったが一松はいやいや、とつっこみたいところがたくさんあった。
まず将棋のルールブックはどう考えても要らないだろ。そしてジャンルがバラバラすぎる。無節操だ。
「一松は進路は?」
「いや、特に。やりたいことないし」
「あはは、一緒だ。私もこのとおり今探してるところ。ギリギリになればなるほど道は狭まるから、今そこそこ焦ってるの」
「ああ、担任も言ってた」
そんな話をされると、夜代と学年は違うが何となく自分も急かされるような気分になる(実際一松だって、決まっていた方がいいものなのだ)。一松も置いてある本を手に取って、目を細めた。
いや、でもとりあえずパティシエと棋士はないな。でも公務員も何だか堅くて大変そうだし、会社の営業、セールスマンなんてもってのほかだし、自営業も何も思いつかない。
「……俺働ける気しない」
「わかる」
一松のぽつりとこぼした言葉に、『たのしい自営業』を置いて困った顔で夜代は頷いた。
「私も、所謂コミュ障だから」
「そうは見えないけど」
「一松と仲良くなる時にあんな方法しか取れなかったんだよ、充分コミュ障でしょ」
「まぁたしかに…充分変な人か」
「それ言わないで…でも本当、よくぞ一松入ってくれたよ」
わしゃわしゃ頭を撫でられて、なんとなく照れくさくて振り払う。別に気にした様子もなく手を離した夜代は、というか、と続けた。
「というか前にも言ったかもしれないけど、私自分から知らない人に話しかけることなんて、当たり前だけどほんとにないの。一松のときはほんとに特殊なんだよ」
「ふーん…」
照れ隠しに「馬鹿だね」と小さな声で言った一松に、夜代は眉を下げて笑った。
もうすぐ冬休み、夜代の高校生活も半分を切っている。少しずつ変わっていきながらもそのことに実感がわかないまま、一松も夜代も資料室で過ごしていた。
160408
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