5月の魔物
「────ねぇ、君新入生?天文部に入って星を追いかける青春しませんか」
「……な…なにそれ」
そう誘われたのは、もう5月も終わる頃のことだった。
放課後、廊下を歩いていたら、突然角から飛び出してきてぶつかりそうになった女。
自分だって悪かったかもしれないが、危ない、とイラついて舌打ちをすると、そいつは素直にごめんねと謝った。穏やかな対応に多少の罪悪感が湧く、そこまでは別に、普通だった。
そこで終わるはずだったのだ。結局ぶつかった訳でもないし、ちょっとよけて、お互いの目的地にそのまま向かえばもうそこで縁は切れるはずだった。
だけど女はそうはせず、何故かふとこっちを見て、ぱちぱちと大きく瞬きを1、2回した。
その様が星が瞬くみたいだとを思ったのは、そいつが背負っていたのが望遠鏡だったからだろうか。(あとから冷静に考えると、自分は普段人と目を合わせることがほぼできないのにどうして瞬きする目に注目できたのかというのは疑問だ。)
ぼんやり考える間も見つめられ、目をそらすこともできず、じっと睨み返すと。
いよいよ訳のわからないことに、女は突然部活動の勧誘をしてきたのだ。そして、冒頭に戻る。
「おれ部活とかやらないから」
内心めちゃくちゃ動揺していた。突飛だし意味がわからないし知らない奴だし、人見知りの自分にはこんな奴とはちょっと話すだけでも無理なことで、とにかく一刻も早くこの場を離れなければと考えた。
些か早口になってしまったが、吃らなかっただけましだろう。…というか何なんだ?何故、突然話しかけてくる?おかげで気を遣わなければならない。なんでこんな知らない奴に気を使わなければならないのか。段々と面倒くささも湧いてきた。とにかく後は変なのに絡まれたなと溜息を吐くしかなかった。
そんな僕の素っ気ない返事を聞き、むしろどうしてOKされると思ったのか聞きたいが、酷くがっかりしたように女は項垂れた。
「そっか…だよね」
「…というか、なんできゅうにおれに声かけたわけ」
「え?んー…
────なんか、可愛かったから。」
「………は?」
「部室にいたら可愛いかもなって…」
「……馬鹿にしてんの?喧嘩売ってる?」
「ええ?いや、してないよ。そうきこえたならごめん。…あっ!あの、そっか。軽く聞こえちゃったんだよね。でもね…でも…」
「………」
「でも私、誰彼構わずこうやって声かけるわけじゃないの。別に誰でもいいってわけではなくて…だから本気で検討してほしい、というか……」
「はぁ?」
巫山戯てるとしか思えない理由にイラッとした。その上どうせわけもなく声をかけてきたくせに、女はそんなことをいう。適当に声かけたわけじゃないよ、と付け足したそいつに馬鹿らしさすら感じたが、ふと気が回り、話を続けることにした。
「……かわいいって、なに、顔?」
「ほ、ほんとだよ、…えっ?」
「………」
「…んー」
じっと、観察するように改めて見つめられ、
そこで初めて心臓が少しはねた。見られるのは好きじゃない。話すのだって、大嫌いだ。いやに緊張しながら思わず目をそらす。女はそんな俺に構わず、一通り眺めてから元気よく頷いた。
「…うん!顔も可愛いねぇ」
「…あっそ」
────それならば。
我ながら嫌な感じににやりと笑う。
女は鈍感なのか、それに特に何も感じなかったらしく首をひねって見せるだけだった。
「…まぁ、また会えたら入ってやってもいいけど」
「えっほんと?わかった!」
鈍感で、単純で間抜けならしい女は、言葉の真意にも気づかずぱっと顔を輝かせた。そうして約束ね!と朗らかに笑って、あっさり手を振って去っていってしまった。あまりにもあっさりしていたので、こっちがきょとんとしてしまう。
正直天文部なんかに入るつもりは毛程もない。
あの女、がっかりすればいい。何よりこんな、クズな僕に声をかけたのが間違いだったのだ。
151114
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