なんどめまして
ひとまず大成功といえる文化祭が終わった次の日、夜代が後片付けをしていると、ノックの音がして返事をするよりも早くに扉が開いた音もした。顧問の先生が来たのかと思い入り口の方を見れば、一松だった。
「あれ、一松くん。なに、どうしたの?まさか後片付け手伝いに来てくれたの?」
なんちゃって。
そういって笑ってみても、一松はうんともすんとも言わない。可笑しいなと思い夜代は首をかしげた。何かあったのだろうか。
「おーい?一松くん?」
「!」
夜代が持っていたものを置いて近づこうとすると、一松はびくりと肩を揺らした。それから随分と早足で、つかつかと夜代の方にやってきて目の前で止まる。何だろうと目を丸くしている彼女の前に、何やら紙がつきつけられた。
「…………ん」
「……え、……い、一松くん、こ、これ、」
「………にゅうぶとどけ、なんだけど…」
「え、?」
「あんた可哀想だから、それに部活入ったら点数貰えるし、まぁ点数なんてどうでもいいんだけど」
「……」
「……なに」
緊張しているのか一松の顔は僅かに赤く、口の端はきゅっと引き結ばれている。夜代は、頭のなかで何度も何度も一松の言葉をかみくだいた。にゅうぶとどけ。入部届け?
……………。
「っう、わぁぁぁあ!!うれしいよ、うれしいよーー!!」
「っうるさいんだけど」
「えっというか、本当に一松くんだよね?またからかわれてる??」
「アンタわかるって言ったじゃん、わかんないわけ?」
「ううん、うん、わかる、わかるはず、え、だけどだって、夢みたい、ううん、夢かな!?」
「いや大げさすぎだし…一回落ち着いてくんない」
「そ、そうだね」
三回ほど深呼吸して、夜代は一松から慎重に入部届けを受け取った。嬉しそうにそれを見つめる夜代に一松は目をそらす。
しばらく会話もなかったが、夜代が思い出したようにあ!と声を上げ、沈黙は破られた。
「じゃあ一応自己紹介!」
「…今更?」
「だって、一松くんちゃんと私の名前しらないでしょ?」
いや、知ってるけど。と一松は思ったが、「他の松くんとは一応何だかんだで自己紹介したんだよ」と言われてしまうとやはり複雑で、渋々といったように名前を言った。
松野一松、という名前にまた嬉しそうに笑ってから、夜代はこほんと咳払いをひとつした。そういえば、この人は行動が漫画みたいにわざとらしい、と一松はぼんやり考える。
「私は2年3組の槻谷夜代。天文学部の部長で、嫌いな食べ物は特にないよ」
「…………は」
「ん?」
夜代は首をかしげたが、一松にはつっこみたいところがたくさんあった。特にないなら言わなくていい、いや、その前に。
「………あんた、先輩だったの」
驚いて固まりながら一松が尋ねれば、夜代はどん!と効果音がつきそうなくらい胸を張って「先輩です!」と高らかに言った。
「ふーん…」
「先輩って呼んでもいいのよ」
「………夜代、先輩?」
まさか素直に呼んでくれるとは、夜代は思ってもみなかった。否、ほんのすこし期待はしていたが、いざ呼ばれるとむず痒くて照れ臭くて、夜代は顔を赤くしながらぶんぶんと手を振った。
「わ、ぁぁあ、慣れない、やっぱいい、好きに呼んで。よろしく一松」
「…じゃあ、夜代さん、よろしく」
「うん!」
夜代に手をとられ、ぎゅっと契約のような握手を交わした。
こうして9月、松野一松は晴れて天文部の一員となったのである。
160125
prev next
BACK
TOP