正しい選択肢
文化祭の準備をゆるゆると進める。一人でゆるゆるやっているので、なんだか間に合いそうにない気もしてきたけど、いつもどおり20時には終わるだろう。本当は細かいところに気を使わなければもっと早くに終わるだろうけど、私は凝りたいタイプの人間だ。また20時になったら先生泣くかもな。でも見回りにはこない。今頃はお茶飲んでいるだろう。
私もお茶を飲もうと思い、高くて届かなかった張れない暗幕を一度置いて、机から降りた。困ったことばかりだ。でも去年もなんとかなったし、今年もなんとかなる。きっと。
意気込んだ時、ノックの音が聞こえた。生徒会の人だろうか。男の子だったらちょうどいいな。暗幕をはってもらいたい。期待を込めて返事をすると、静かにドアが開いた。
見えた姿は想像してたよりもずっとすてきだった。思わず頬の筋肉が緩む。
「…どうも」
「一松くん!どうも!」
また来てくれた。正直来てくれるなんて最初は欠片も思ってなかったし、もし私が彼の立場であっても、不審だと思うことだろう。
私だって最近の私を変だと思う。人とこんなに積極的に関わったのは小学校以来はじめてだって言ったら、一松くんは驚いてくれるだろうか。
あの日出会って、一松くんの目を見てしまった瞬間から私は随分変わった。この部室にいてそれなりにさみしさを感じるようにもなったし、一松くんのことをたまに思い出す。
恋とは違うんだと思う。それでも私は一松くんにとっても心惹かれていた。どうしてかは、私にもわからない。…否、わかるけど、それは今は考えないことにしよう。
なんにしても、だ。私は一松くんに言いたい。
一松くん自身は気づいてないかもしれないけど、あなたってとても魅力的なんだと思うよ。言ったら嘘つきって嫌われちゃうだろうから、言えないけど。
それとも、もう少し慣れたら、嘘じゃないって何度も説得してもいいだろうか。信用というのは難しいし、人との距離の取り方も同様に難しい。私は、それをよくわかっているつもりだ。
「ちょうどいい所に来たねー、これ!暗幕ここに掛けたいんだけど届かなくて」
「かして」
「おう」
私ではどうやっても届かなかった隅に、一松くんは手が届く。とてもうらやましい。
机の上に立っている一松くんを見上げながら、来年の文化祭も手伝ってくれたらなぁ、と考えるが、来年のことなんて言ったら鬼が笑う。
今の私に見つめることが許されているのは、今のことだけだ。
「やっぱり背高いね、男の子はいいな」
「あんたが低いんだよ」
「わりと気にしてるんだぜ」
「………他には」
「え、?あー…あ!あのね、貼り紙!」
やる気無さそうにしてる割にはまだ手伝ってくれるらしい一松くんに、さっき暗幕を諦めて描いていた宣伝用の張り紙を見せる。
星のこととか、一松くんの好きなものを描いてと頼むと渋っていたが座って書き始めてくれた。
作業を見ていたい気持ちはあるけれど、大抵の場合こういうのは見られてると落ち着かないし上手くできないものだから、ぐっとこらえてお茶の準備に取り掛かる。特に運動もしていないのにじっとりと出てくる汗が、まだ私の気持ちを夏の休暇から逃がさないでいた。カムバック夏休み。いや、やってることは別に変わってないけど。
「ああ、ごめんそういえばジュースしかなかった!…うお、おお!?」
「!?」
クーラーボックスを覗き込んで、お茶を切らしていたことに気づきいて仕方なく一松くんにジュース許可を貰いに行った。すると、ぱっと目に入る。なんと、なんと、さっきまで文字ばかりだった紙の上にはかわいい猫ちゃんがいるではないか。
「…なに、ダメだった」
「いや逆…一松くん猫の絵すごい上手…」
「……」
「かわいい…ありがとう…」
「…ジュースでいいよ」
「うん…オレンジジュースだけど大丈夫?」
「うん」
猫にまだもう少し付け足したいらしい一松くんが作業をしながら答える。なんか私助手みたい。アシスタントみたい。楽しい。
お菓子の入った缶を棚の上からおろして、開ければぎゅうぎゅう詰めだったお菓子がこぼれそうになる。毎日結構消費してる方だけど、やっぱり一人じゃ食べきれなかった。二人分出ていったお菓子に、お腹いっぱいで息もできなかっただろう缶詰は安心したようにすんなり閉まってくれた。
「さて!じゃあおやつタイムにしよっか!」
「毎日食ってたら豚になるよ」
「女子にそれ言うかー、じゃあ一松くん食べないの」
「食べるけど?」
「…一緒に豚、なろっか」
穏やかにそういうと、一松くんはちょっと笑った。
かわいいなと思う。それに、今すごく楽しい。
やっぱり、私の選択は間違っていなかったのだ。
151224
prev next
BACK
TOP