小宇宙 | ナノ
資料室にて

生徒棟の三階の隅に、資料室がある。
そこはあまり活用されていない部屋だった。中に入れば狭い部屋の至るところに本や、紙の束が散乱していて、まさに物置のような場所。
資料を取りに来る者も稀にいるが、基本的に人が寄り付かない。生徒の中では資料室という部屋があることを知らない者の方が多いくらいだ。
知っていてもそこに行く用事もないので、気味の悪い噂を立てるか、忘れてしまう。それくらいにつまらない部屋だった。
槻谷夜代の毎日の学校生活は、その資料室からはじまり資料室で終わる。

勿論彼女だって一日中ずっと居るわけではないが、朝一番に資料室のドアを開け、しばらく居座って、教室で授業を受けてからまたすぐに来るのだから捧げられる時間はほとんど資料室で費やしているといえる。
夜代の居場所はいつでもここ。お昼だってここで食べる。誰に遊びに誘われようとほとんど全てを断って、彼女は資料室に入り浸っている。朝だって顧問を無理に付き合わせてうんと早い。
そんな偏った夜代の学校生活は、彼女がこの高校に入学した当初から約二年間、頑なに守られ続けていた。

夜代は寂れた天文学部の部員だった。だからここにいた。資料室は天文部の部室なのだ。
しかし寂れているから他の部員は全く来ず、そこはもう夜代だけの秘密基地のようになっていた。

それがほんの少し変わったのは、高校生活が2年目に突入したときのこと。



「…………」



夜代はふと本から顔をあげて、今この資料室にいるもう一人を見つめた。
夜代の一人きりの生活を変えた存在。彼女の後輩である松野一松は、今日もぼーっと無気力そうに向かいの椅子に座っている。
夜代は立ち上がって、彼に歩み寄った。



「ね、一松も読む?」



そう言って本を差し出すと、一松は興味薄そうにチラと夜代をみて、それから本を見つめた。
そしてもう一度夜代のにこにこ顔を見てから、渋々受け取ってそれをパラパラと捲った。夜代はそれを横からのぞき込むようにして一松と一緒に文字を追う。



「……あ、このページ!」

「なに」

「この星座今の時期見れるらしいよ、今度一緒に帰りに探そ?」

「…いいけど」

「やった、…あ!ごめんごめん、読んでるのにね」

「いや」



一松はぎ、と隣の椅子を引き、黙り込む。
無気力な目は相変わらずどうでもいいと言いたげに下を向いていた。



「……それじゃあしつれーします!」

「ん」



夜代がそこにいそいそと座ると、一松は頷いて再び本に視線を落とした。
ひょっとするとページを捲っているだけで読んではいないのかもしれない。夜代は一松に本を推める度、そう考えていたが今日も特にそれを追求したりはしなかった。ただ黙って机の上に乱雑に積み重なっている本を一冊とって、一松と同じようにそこに視線を落とし、読み始める。
すると、光がさしこまないように暗幕に近いカーテンで締め切られた、切り取られたような静かな空間が再びそこに鎮座した。
1年目の一人ぼっちの期間も、今こうして小さいくせに広い部室で、2人きりで小さく固まって本を読む時間も、
この資料室で過ごす時間の全てを夜代はとても大切にしていた。

151105
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