小宇宙 | ナノ
捕まる

文化祭当日。
すれ違う色んな人の会話を聞く限り、天文部の演し物はわりと盛況らしい。一松は、クラスの女子にとうとう捕まったのと、本番を見に行くのは気まずいような気がするのとで行かなかったけれど。
それでも、彼女の待っているという言葉を思い出して敢えて上映時間とずらして資料室に行けば、彼女はやはり僕を笑顔で出迎えた。
換気をしていたのか明るくて清々しい室内では、嬉しそうな表情が光と合わさって割増で明るく見える。目を細めてそれを眺めていれば、彼女は駆け寄ってきた。



「一松くん!来てくれた!」

「…まぁ」

「どう?どう?様になってるでしょ」

「それなりに、人来てるみたいだね」

「そうなの!去年より多いかなぁ」



さっきの上映も人がいっぱいでね、次は満席目指すよ!といいながら呼び込み用のボードを掲げる。そこには先日描いた猫がいて、なんだかむず痒い気持ちになった。
彼女は楽しそうに、来てくれた客の話やもらった感想、意見を身振り手振りをつけて話している。それをしばらく黙って聞いていれば、一通り話し終えたのか満足そうに1つ頷いて、カーテンを締め出した。せわしない奴。



「さて、じゃあ一松くん、せっかくだしプラネタリウム見てく?」

「え」

「時間外だけどせっかく来てくれたし…あ、キョーミない?あはは」

「…見る」

「おっほんと?じゃあ座って座って」



肩をやんわりと押され、適当な椅子に座らせられる。電気が消えて、しばらく待てばあっという間に部屋中に星が広がった。

簡単なものだ。笑ってしまうくらいにあっけなく完成した星空は、本物に比べれば安っちくてくだらない玩具みたいだったけれど、それでも、それなりに綺麗だった。

ぼんやり簡易的に作られた星を眺めながら、ふと横を向けば、いつの間にか彼女が隣に座っていて、星を目に映して楽しそうに笑っている。
もうわかっていた。変とか、宇宙人とか、馬鹿なやつとか散々言ったけど。こいつは、この人は、綺麗な人だ。僕なんかが触れてはいけないような、遠くの世界に生きる綺麗な人だと思った。
きっと彼女の目は僕の濁った目と違って、すべてが美しく見えるんだろう。だから馬鹿みたいに綺麗なままで笑ってられるんだ。
しかし彼女は、人とは違う。きっと誰もこいつのことはわからないし、誰もこいつのいる世界にはいけない。だからこそ槻谷夜代はここで一人なのかもしれない。




「ねえ」

「ん?」

「どうして俺だったの」



どうして、誘ったの。一人でさみしいならトド松だって入ろうかなって言ってたし。強く誘ったら、きっとあいつは満更でもなく入っただろうと思う。
アンタは人とは違うけど、きっと誰とでもうまくやれるよ。そんな人だよ。友達だって多いし、だから少なくとも僕よりもっと、兄弟達の方がずっと。



「ぼくは、ごみなんだよ。」





いない方がいいんだ。価値がないどころか、マイナスなんだよ。吐き出すように、絞り出すようにとうとう言ってしまったみっともない言葉を、彼女は黙って聞いていた。それから、星を見上げたままぽつり、ぽつりと静かな声で喋りだした。




「わたしね、一松くんを初めて見た時思ったの。ほんとに、かわいいなぁって」

「……だからそれがまず、意味わかんないから。こんな顔、価値があると思えないし、…それに、六つもあるし」

「かわいいよ。顔ももちろん可愛いけど、雰囲気とかかな。…私ね、何か、一松くんのことすごく構いたくなっちゃうの。構ってほしくなさそうにするから余計に」

「……ほんと、迷惑な人だね」

「ごめん」

「いや、いーけど」



彼女はもう一度謝って、
ほかにも理由があるよ、と言った。
嬉しそうにやさしく目を細めて、言った。



「一松くんの目はね、夜みたい。ううん、宇宙みたい。見つめるとね、見つめられるとね、ずっと見ちゃうんだ、吸い込まれちゃうの」

「……ブラックホール?」

「あはは、そーかもね。私ブラックホール好きだよ。黒くて怖いと思う人もいるけど、とっても素敵。私の夢にもよく出てくる」



なんだそれ。どんな夢だよ。
おかしな人だ。可笑しい。だけど、まぁ、ブラックホールならそれなりに納得だし、良いかもしれない。
僕がぼーっとブラックホールに思いを馳せている間も、彼女はしゃべり続ける。僕を招いた理由をいくつもいくつも並べてきた。




「一松くんのことはじめてみたとき、勝手だけど、この人のことほっときたくないなって思った。へんだよね。わたし、一松くんと一緒にいたいと思ったの。あとね、それに────」



そして不意に、止まった。
不思議に思って彼女のほうを見ると、しばらく考え込むような表情で固まっている。それから、僕の方を見て困ったように笑った。




「────もう時間だ。開けなきゃ。」



仕方なさげに彼女は言ったが、言葉の先は敢えて言わなかったのだろうと何となく思った。
気になったけど、そうやって閉じられてしまえばもう何も聞けない。


電気をつけて、いくつかのずれたままの椅子を直している彼女から仕方なく目を離し出ていこうとした時だ。




「そういえば、一松くん」

「…?」

「あの猫ね、夏休みの猫、途中からあの場所に来なくなったんだよ」

「、え、」

「やっぱり少なくとも、私じゃダメだったんだ」



振り返ればまた、寂しそうに、だけど嬉しそうに笑っていた。
────ああ、本当に、この人は。わかってなくてもいいと思っていたけど。なんだ。わかってたのか。結局、全部。



「…そう」

「うん。だから行ってあげてね、きっと待ってる」

「…うん」



手をふられたから、小さく振り返して部屋を出る。
外に出て顔を上げると、待っていたのか女子生徒二人組が声をかけてきた。



「もう開きますか?」

「…たぶん。もう少しだと思いますけど」



答えて押しのけるようにその場を離れた。
もやもや、というより、色んなことがもどかしかった。

151230
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