小宇宙 | ナノ
真夏の境界線

夏休み。やることも特にないし、外はやっぱり暑かった。十四松なんかは部活の練習があるらしく
朝早くから出ていったが、正気の沙汰とは思えない。
といいつつも、一松もいつも餌をやっていた野良猫が心配で家を出てきてしまった。いつものせまい路地に入り、猫としばし戯れる。
今日も日差しが強く、猫はずいぶんバテていた。自分もこの日陰から出たらたちまち溶けて消えてしまいそうだと思った。
それは、良いかもしれない。消えてしまえたら、喜びも悲しみも苛立ちもさみしさも無かった事になる。積み上げた何かも、背負った罪さえ。
猫を扇ぎながら、ぼんやりと考えていた。そんな時だ。この日陰の出口、明るい明るい焼却炉から、どんがらがっしゃんなんて派手で賑やかな騒音が聞こえたのは。

猫は音に驚いて逃げていってしまった。誰だよ、このクソ暑い中騒ぎ立てる馬鹿は。
暑さのせいもありムカムカしながら境界線まで歩き音の主を確かめに行くと────そこに転がっていたのは自転車と、例の宇宙人だった。




「地面あっつい焼肉になっちゃう…あといたい…」

「……なにしてるわけ」

「え…?あっ!!!」



まさか、夏休みにまで会うことになるとは思ってもみなかった。
それは向こうも同じなようで、立ち上がった宇宙人槻谷夜代はおろおろと視線をさ迷わせている。
しばらくしても何にも言わないので、初めは独り言を聞かれたのが恥ずかしかったのかと思ったが、そんな奴ではないとすぐに考えを変えた。
そして、そいつがしばらくおろおろあと小さく会釈したのを見て、挨拶をしていいものか迷っていたらしいとわかった。無神経馬鹿でも、うんざりした顔にはちゃんと理解していたらしい。



「一松くん」

「………」

「もう完璧。間違えなかったでしょ?」

「…まぁ」



返事をしてやると奴は嬉しそうに笑う。
日差しと相まって、あまりの眩しさに目を細めた。
日向の人間と、日陰の人間。みたいな。目が眩む。
もう本当に構わないで欲しい、ゆらゆら揺れる境界線を見つめながら思った。
しかしそんな思いに気づくこともなく、奴は今日も境界線を軽々と飛び越えてみせる。



「こうも暑いとさ、溶けてすっと消えちゃいそうだよね。外に出るとき、いつも一歩目は覚悟するよ」

「、」

「さては一松くんもいま一歩踏み出せないでいるなー?大丈夫だよ、吸血鬼じゃないなら消えやしないって」



見えない高い壁を乗り越えて、あっという間にさっきよりずっと近くまでやってきたものだから一瞬ドキリとする。
こっちの悩みなんて考えたこともないような明るい場所の人間が、ぴたりと同じ意見をいうなんておかしい。宇宙人はエスパーでもあるのかと疑った。
しかしいくら見つめても彼女の姿は人間だし、見てわかるものではなく、ただただ目が痛い。



「わたしも消えることはできないけど、頭からじわじわとかされてる気にはなるね」

「…そう」

「あ、うん…ごめんね、それじゃ」



慌てたように口を押さえて、彼女はようやく自転車を起こした。スカートが風に揺れている。
そこでようやく、宇宙人が夏休みにもかかわらず制服であることに気がついた。



「…まさかあんた、今から学校…?」

「そうだよ」

「なんで」

「なんでも。資料室が私を待っている」

「……」

「なに?」

「……馬鹿じゃないの?何しにいくわけ、全然人いないのに」

「一松くんこそ、此処は人がいないけど」

「……さっきまで猫がいた」

「そうなんだ、羨ましいな」



キョロキョロと辺りを見渡しながら悪気もなさそうに言うから、わざと低い声で返したのに彼女は困った顔をして笑うだけだった。それから「私も猫好きだよ、うちにもいるの」とたのしそうに続ける。
しかし途中で、何かに気がついたようにぴたりとしゃべるのをやめて、またはじめのようにオロオロしはじめた。



「…まさかわたしのせいで逃げちゃったとか…?」

「あ、気づきました?…ほんっとに、迷惑ばっかりかけてくるよね」

「ご、ごめん!!」



ばっと頭を下げて謝る姿に多少気分がよくなる。
あーあ、と続けると彼女はちらりと顔をあげて、それからまたばっと下げた。さっきよりもずっと汗をかいているようで、ぽたぽたと汗が光った。体育会系かよ。



「えっと、一松くん、ほんとにほんとにごめんね、」

「ほんと最悪。どう責任とってくれるの」

「え〜っ…あ、アイスでも奢ろうか」

「…………」

「許してくれる?」




別に冗談だ。本気で言ってるわけないのに。必死でご機嫌取りして、こいつは本当に馬鹿だな。
僕が黙ったのをまた勝手に解釈した彼女はほっとした様子で顔をあげた。それから、出られる?と境界線を見て笑う。

彼女の笑い声と蝉の声がいっしょくたになって、わんわんと頭の中を反響してうるさい。
それらを一度追い出すために目を閉じて、開いて息を吸い込んだ。一瞬だけ、あたりが静かになる。
そうしてようやく路地の日陰から踏み出した。僕は吸血鬼ではなかったらしく、やはり消えることはできない。



「一松くん?」

「………明日もここ通るなら、もっと静かに通って」

「!う、うん!そうする!」

「………アイス、ハー○ンダッツね。バニラ」

「まじか!容赦ないねー!」



小さな歩み寄りにすぐに気づいた彼女が嬉しそうにするのを見て、ここ最近のイライラが少しだけ減った。気がした。

151204
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