小宇宙 | ナノ
ひどいこと

新学期、完全に文化祭ムードの校内を歩きながら一松はうんざりしていた。
何故と言うまでもない。話したことなどほとんどないに等しいクラスメイトと協力なんて無理な話だと思っていたし、居心地が悪いし、何か面倒な事を言われる前にどこかに逃げたかった。
そうして教室を出てきたがどこもかしこもどんちゃんどんちゃん、蚊帳の外の人間からすれば不愉快以外の何物でもない。
他の兄弟たちのように楽しく輪に入れたら違ったのだろうか、そんな考えを一松は振り払って、ただ目的もなく歩いた。どんどん歩いた。
その際曲がり角にはとっても気をつけた。またぶつかったりでもしたら笑えない。…そういえば、あの女はどうしているだろう。夏休み以来会っていなかったが、やはり怒っているだろうか。
一松が今更になってじわじわ湧いてくる罪悪感に『仕方無い』『あいつが悪い』『約束してないし』と心の中で言い訳をはじめたとき。
タイミングが良いのか悪いのか、角の向こうから彼女の名前が聞こえて足を止めた。




「夜代ちゃんじゃんー」

「あーなに、天文部ー?」

「!あっそうなの、両日やるから来てね。これチラシ!」

「チラシめっちゃ手作り感うける」



見つかったら厄介なのは目に見えているのに、なんだか訳もわからず緊張して足がうまく動かない。
その場に立ち竦んだまま、角の向こうで女子特有の高い声できゃいきゃい騒ぐ夜代と知り合いらしい女子生徒に、一松は思わず眉を寄せた。
正直考えて損した。槻谷夜代は今日も元気で、ついでに向こう側の馬鹿女だ。



「あ、そういえばあの六つ子の子は?」

「結局入ったの?」

「あー…一松くん…」



馬鹿馬鹿しい、とさっさと立ち去ろうとしたのに、自分の話題になって再び足が止まる。
…聞きたくない。聞いたってどうせいいことなんてないのだ。自分のいないところで繰り広げられる話にいい話なんてあるわけがなかった。
ましてや彼女は今、怒っていないにしても自分をよく思ってはいないだろう。いい事なんて絶対に言わない。────そう思うのに。一松は、内心でそれとは全く逆の期待もしてしまっていた。
彼女は、あの穏やかな馬鹿女はまた、勝手に帰った僕の事を怒りもしてないんじゃないかって。そんな都合のいいこと。自分勝手な想像だというのにそれは簡単に想像できてしまって、それがまたどうしようもなくむかついた。怒れよ。

結局どちらにしてもこれ以上話を聞いて自分の得になると一松は思わなかったが、けれどもやはり立ち去れなかった。人とは、どんなに気にしないふうでいても自分の評価がどうしても気になってしまうもので。一松は、立ち止まったまま自然と息を殺して、夜代の言葉を待った。




「一松くんは、」

「………」

「もう、会ってくれないかもなんだ」

「え!なにかあったの?」

「ひどいことしちゃって」



────ひどいこと?
一松は心の中でひとり復唱して首をひねった。

怒ってないどころか自分のせいだと思ってんの?どんだけ馬鹿なの?あいつがなにをしたと言うのだろう。
さっきまで散々あいつが悪い、といいわけをしていたが、普通に一通り考えても別にあいつは何もしてないとしか思えない。自分が悪いということが浮き彫りになるようで嫌だったがそれは事実だった。

まさかとは思うが、彼女のいう“ひどいこと”とは、────それは、彼女があの日押した僕の中の些細なスイッチ、彼女にとってはなんの気なしに言っただろうことに関してだろうか。
あんな、自分でも八つ当たりでしかないと思った僕のあの行動の原因に彼女は気づいたのか?鼓動が早くなる。緊張とも言えぬなにかで手が震えた。



────クズでもいいよ、
───────なんか、許せる。



夏休み前に夜代が言った言葉が一松の頭の中に浮かんで消える。のどの奥の方が熱い。何かがじんわりと広がって、どうしてか泣き出したくなった。



「もう他の子誘えば?」

「そっそれはダメだよ、だめだめ!それにあんな寂れた天文部誰も入らないよ」

「ちょっ…自分で言っちゃう?」

「う、うん…」

「へんなのー!」

「あはは…」



困ったように笑う声のあとに、じゃあクラスの方いくねーという明るい声が続いて、角から二人組の女子が出てきた。盗み聞きしていたのがばれやしないだろうかと一松は一瞬ひやりとしたが、彼女達はおしゃべりに夢中なのか気づかない。



「槻谷さんったらあいかわらず変ねーなにしてるんだろ」

「1人でたのしいのかね」

「でもプラネタリウムとかたのしそうだよね」

「1日目行ってみよっかなー彼氏と!」



立ち止まったまま動かない一松を少しも気にした様子もなく、夜代の友人たちはくだらない雑談しながらすれ違う。それを聞きながら一松はようやく足をすすめた。

151215
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