あの日のこと
昼休み。一松が資料室のドアを開けると、夜代は一人で昼食をとっていた。
音楽を聴きながら本を左手に、箸を右手に持って完全に自分の世界に入っている。
一松はひとつ舌打ちをすると、音の漏れるイヤホンを夜代の耳から引っこ抜いた。
「え、あれ、」
おろおろ、と箸と本を宙でさ迷わせてから夜代ははっとして顔を上げる。
そしてようやくむすっとした顔の一松を視界に映すと、ぱっと光が射したみたいに笑った。
「あ、一松!」
「……今日ここで食うから」
「えっそうなの?」
一松がそれ以上何も言わずに遠くの席に着くと、夜代はポータブルプレイヤーの電源を切って、お弁当をもち嬉しそうに一松の前に移動した。置き去りになった本は悲しげに机の隅でじっとしているように見える。
夜代はそれに、心の中でまた後で、と告げると何事もなくお昼を再開した。そうして夜代は、一松が真っ先に聞かれるだろうと思っていたことをとうとう一松が自分から言い出すまで聞かなかった。
「…珍しいとか、なんで来たとか思わないの?」
「思ったよ」
一松がしびれを切らしてわざとイライラした風に聞くと、あっさりとした返事が返ってくる。それに続いて、見当違いな言葉も返ってきた。
「でもあれだね、一松が来てくれると資料室が和む」
「は?」
「一松はすぐには?って言うのやめようね」
夜代はび、と注意するように箸の先を一松に向ける。そしておかしそうに笑って食事に戻っていった。
一松はそれにむっとして、ふいっとそっぽを向き、つい意地悪く言った。
「あんた、いっつも一人だよね」
「まぁね。あ、だから来てくれたの?」
夜代はまた、さっきより笑った。
「イッチやさしい〜」
「やめてくれる、馴れ馴れしい」
「おぁ、なんだと!先輩をうやまえ!」
「…ケッ、はいはい夜代サン」
「よろしい」
夜代はいつも一人だ。
一松がこないと、いつだって一人だ。
寂しくないのだろうかと一松は思う。
否、以前さみしいと本人も言っていたけれど。
それは本当なのだろうかと、一松は疑っていた。
彼女は自分がいてもいなくても、変わらず楽しそうなのだから。
あの日、どうして自分なんかを誘ったんだろう。
一松は相変わらず笑いながらくだらないことを話す夜代を眺め、そんなことを考える。
一方で夜代もくだらないことを話しながら、一松を誘った時のことを思い出していた。
151109
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