菫色の視界



僕と僕の手にあるものを交互に見つめ、口を開けたり閉じたりするなまえを見た時、僕はおかしなくらいにぴしりと固まってしまった。
その状態は時間にして数秒だが、ああ、間違えたかもしれないと僕が悟り、そして落ち込むには十分すぎる時間だったのだ。
女の子にプレゼントなんて小さい時以来だしもう本当にさっぱりだったわけで。それなのに無理をした結果がこれである。
ああ、なまえがレンタル彼女だったら良かったのにと今だけは心から思う。そうしたら嘘でも引いててもとりあえず笑ってくれていたことだろう。
営業で僕に微笑みかけて、僕はそれに騙されたい。それくらいがちょうどいいのだ。なまえは、なんというか毒だった。普通の生身の女の子の反応は笑顔でも引いた顔でも、どんな顔でも変わらず突き刺さる。
ていうか引いてるよな?これ、引いてるよな?仕方ないじゃんあんたと違ってデートなんて全然したことないし。
いや、だからといって出かける前にたまたますれ違ったクソ松の意見を取り入れた僕がいけない。あいつだってデートなんてろくにしたこと無いだろうし参考になるわけがなかった。
そして、なまえとデートなんてことになって混乱していた僕に迂闊に話しかけてきて、自信たっぷりなドヤ顔でアドバイスをしてきたクソ松もいけない。

『デートか?そうだな、ガールには……綺麗なフラワーが一番だ』

思い出してみれば本当にバカバカしくて凍え死にそうだというのに、僕はその時本当に混乱していた。
だから「そっそうだな」と頷いて、こうして花を差し出すまでその可笑しさに気づかなかった。完全に嵌められた。
あいつ許さない。この状況を乗り越えられたら一発殴ってやる。

でもその前に、今は目の前のなまえをどうしようかと考えた。
困った顔をしているなまえを見ていると、なんだか気の毒になってくる。悪かったな、ほんとに。でもそんな顔で見るなよ。
さてどうする、鳩尾でも殴って気絶させてみるか?とにかく今日のことは僕のためにもなまえのためにも忘れてもらった方がいいに決まっていた。

そうして僕が拳を握りしめた時、なまえがようやく動いた。
僕がほぼほぼ引っ込めかけていた忌々しいそれを手に取って、まじまじと眺める。



「……これ」



ぎゅっと花を握りしめながら、目をぱっちり開き口元をきゅっと結んで、所謂必死な顔で僕を見つめてくるなまえを見て、なんだか意識が遠ざかった。デジャヴだと思った。初めてあった時も、なまえはこんな感じだった。

こんな顔したなまえが僕の落し物を拾ってくれて、それから僕に笑いかけてくれた日から僕はなまえのことが死ぬほど吐くほど好きだった。
頭のてっぺんからつま先まで完璧な女の子が幼馴染みにいて、なまえはそうではないけれど、なまえの頭のてっぺんからつま先まで僕は完璧に好きだと思う。
手折ってしまいたいくらいだ。今、その小さな頭をつかんで、潰してしまいたいくらい。グシャグシャにしてしまいたいくらい。憎らしいくらいに好きだった。



「あ、あの!一松くん……!」

「なに」



ぼっとする僕に、なまえは絞り出すようにしゃべる。焦れったいような喋り方も嫌いじゃなかったけれど、今はただただ焦らされて冷や汗が止まらなかった。「引くわー」とか言われたら、死ぬしかないのだ。カラ松諸共。
僕は、拳を握りしめたままなまえのゆっくりとした死刑宣告を待った。
だけどなまえは、僕に一歩近づいて、それからちょっとだけ笑った。



「…その、あのね、ありがとう」

「!?」

「私、私、その、」



すごく嬉しいの。そう言ってはにかんだなまえを見た瞬間、心の中でちゅどーんって音が鳴って僕はそのまま火星まで飛んでいくかと思った。

喜んでたのかよ。何だよ。花でいいのかよ。ああカラ松、よくやったカラ松。たまには役に立つ。いやこれは僕の成果だ。カラ松は関係ない。今のは嘘だ。というか、え、え、嘘だろ、何だこれ、この目の前にいる女の子は、一体何なんだ。どうしてこうも僕は。



「それから、私もデート全然慣れてなくて、ごめんね」

「……!!あ、そ、そう」

「あの、お花枯れちゃったらやだから、一旦帰ってもいい?」

「あ、えっと」

「えっと、それで、うちでお茶でも飲んでから、映画行こう」

「……うん、いいよ」



ああもうほんとに。良さしか。良さしかない。
とりあえずわかった事がある。僕はもうなまえなしじゃ生きられない。もうダメなのだ、最初からきっと。



160311
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