パルチザンになれない

「とにかくひでーんだよなまえの奴!」

「いや、普通におそ松兄さんの方が酷いよ」



俺がチビ太になまえが如何に酷いかを話していると、横でチョロ松がため息を吐いた。
なまえの人としての尊厳を〜とかなんとか言っている。ふざけんな。俺だって別に普段からあそこまで酷い扱いをしているわけではない。
もうあれはなまえでもなければ人でもないのだ。人に捕獲されたモンスターだ。

しかしどこでなまえはモンスターになってしまったんだろう。



「そういやなまえってたまに一人でもここ来てるよな?チビ太何かきいてない?」

「は?」



俺が聞くと、チビ太は何故か不可解なものを見るような顔をした。俺何か変なこと言った?と首をかしげていると、チビ太は気まずそうに目を逸らしながら言った。



「聞いてないも何も…この前おそ松もみただろーが」

「え、何を?」

「や、なまえがそうなった原因だよ」

「「え!?」」

「え?」



みんなの視線が一斉に俺の方に向く。トド松やカラ松がやはりか…みたいなことを言っているが、いや、俺何も知らないんだけど。
チョロ松なんかはジト目で俺を見たあと、再びため息を吐いて目を逸らした。なんかむかつく。まだ俺のせいとは言ってねーし。



「で、どういうこと?チビ太」

「……この前なまえはここに飲みに来た時、オイラに相談っつーか、言ったんだよ……」




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ある日、なまえは一人きりでチビ太のおでん屋にやってきた。別に珍しいことでもないが、随分思いつめたような顔をしていたもので、好きなだけ食べていけ、とチビ太は優しく声をかけた。
チビ太にとって、なまえはしっかり料金を支払ってくれるしいつでもおいしいと言って食べてくれるいい客だ。昔からやさしくて少し抜けていて、そんな彼女がおそ松と付き合うと聞いたときはかなり心配になったものだ。
案の定なまえの扱いは付き合ったからと言って別に変わることもなく、せめて他の松じゃなだめのか、とチビ太は何度も言いたかった。どの松もニートには変わりないけれど。

今回、なまえが思いつめているのも、おそらくおそ松のせいだと思っていた。しかしよくよく話を聞いてみれば、そうではないらしい。
なまえは、自分の持ち前のやさしさについて悩んでいるらしかった。そして、考え込むように飲んでいたなまえは不意にこんなことを言い始めた。



「ねぇチビ太…小さいときにさ、チビ太一回優しい心を取り出してたじゃない?」

「お、おう…」



確かにチビ太は昔、イヤミの自分に対する扱いに耐えられなくなって優しい心を取り出した。口から。
あの時のことを思い出すと、なんとも言えない気持ちになる。結果的に取り出してもいいことはなかった、と思う。



「あれってさ、できるもん?」

「まぁ…なんか…できた」

「そっか…よし、」

「お、おいなまえ!?なにやってんだバーロー!」



何となく予想はしていたが、おもむろに口に手を突っ込んだなまえにチビ太は慌てた。つっかえているのか苦しそうに顔を歪めているなまえにひやひやする。



「ぐぐ、つっかえてう、」

「あーあーそんなんじゃ詰まっちまうに決まってんだろばーろーちきしょー!」

「私…捻くれ者なのかも、やさしい心全然出てこない」

「いや無理してださんでも…ああっ見てられねぇ!ここはオイラがいっちょ取り出してやっから口開けろってんだ」

「あーー」

「どれ…?」



普段だったら人並みに恥をもっているなまえは人前で口を大きく開けたりしないだろう。
だけど、なまえは酔っていた。なんのためらいもなく大きく口を開けられたなまえの口をのぞき込みながら、チビ太は唸る。



「…言ったものの人のって取り出せるものなのかな…そもそも見えるものなのかも…」

「いけ!一思いにぐいっと!」

「……ええい、仕方ねぇ!おら!!」

「うぐ、!?」



チビ太がとうとう手を突っ込んだときだ。
屋台におそ松がのこのことやってきて、なまえとチビ太を見つけるなりあーー!!と言って指をさした。



「あーっ!なまえ!チビ太となにしてんだよ!浮気だろそれ!!」

「げほ、っ!?」

「うお!?」



おそ松の姿を目にしたなまえは咳き込む。
チビ太が手を引けば、なまえの口からコロッとやさしい心が飛び出した。



「おっ出た!」

「え、なにが」

「中々きれーじゃねーかなまえのやさしい心!」



なまえの口から出てきたきらきらしたハート型の何かを眺めながら、チビ太は達成感に満ち溢れた顔をしている。
まずそれが何なのかわからないし、自分の存在を完全に無視する二人にもおそ松は首をかしげた。特になまえ。彼女は、いつでもおそ松のところに 笑顔でよってくるのに。



「な、なにそれ??てかなまえ!!なにしてんの?俺おこるよ?」

「……はなせクソ童貞野郎」

「えっ」



おそ松がなまえの肩を掴めば、なまえからものすごく低い声で乱暴な言葉が吐かれる。
信じられず目を白黒させてるうちに手を振り払われ、なまえはチビ太の方に手を出した。



「貸せ、捨ててくる」

「お、おう、…いや待て!オイラが預かっておいてや、」

「いい。もうこんなん一生いらないから。…おい、なに見てんだてめぇ、これからは私を見つめる度に金払え」

「なっなまえ…!?」

「触んな、ぺっ」



再びおそ松の手を振り払うと、なまえはチビ太から受け取った優しい心を思い切り地面に叩きつけた。パリンという嫌な音と共に、ハート型は粉々に砕け散る。あーー!!とチビ太が悲鳴を上げた。

しかし当のなまえは清々しい顔で、チビ太の肩をありがとうと言ってたたいてさっさと去っていってしまった。
終始取り残されたおそ松は、叩きつけられてわれてしまったやさしいこころとなまえの背中をを交互に見つめ、呆然としたあと「なんだよあいつ!」と言って酒を要求し始めた。

そうしてベロンベロンに酔っ払って金も払わずに帰っていった。
いつもの事ながらどうしようもない奴だ、とその時チビ太は思った。なまえ、頑張れ。

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