ショートケーキ腐る前に

なまえの様子が最近どうもおかしい。
何がおかしいってもう大体全部おかしい。まるで別人。最近のなまえは、まるでなまえじゃないみたいなのだ。

なまえという人間を俺は幼馴染みとして、またある時期からは可愛い恋人としてずっと近くでよく見てきた。だからなまえのことは大体わかる。
ずっと昔からなまえはいつでもやさしくてお人好しで、今もニートな俺のことをほっておけないなんてお節介を言ったりする。怒らせても全然迫力なんてなく、トト子ちゃんのようにボディーブローをしたりとかも勿論できなくて、どこまでも人畜無害。
困ったくらいに親切で素直でまっすぐな奴だった。もうあれは詐欺にあうレベル。というかもうすでに何度かあっている(イヤミが昔からよくなまえをカモにするのだ。俺はその度にイヤミを懲らしめていた)。

それなのにここ最近のなまえと来たら。
俺を見つけると何故か不機嫌丸出しで睨みつけてくるし、俺が話しかけようものなら胸ぐらを掴まれて思い切り脛を蹴っ飛ばされる。週末に作ってくれたカレーライスには真っ赤になるほどの辛子が入っていたし、それを見て驚いて固まれば鼻で笑われた。そのほかにも地味だが中々ダメージのある嫌がらせばかり。

何より我慢ならなかったのがこれ。毎年バレンタインに俺たちにくれる約束のチョコレートだ。これがなかった。そもそも付き合ってるのはこの俺なのに弟たち用の義理チョコを準備することにも毎年腹を立てていたのだが、それでもあいつらも可哀想な奴らなのでしぶしぶ黙認していた。確かに、確かに心の奥底では準備しなくていいと思っていたけど、どうして今年は俺のもない。意味がわからん。6か0かってどういうこと。
まさかくれないなんて思っていなかったあの時の俺は、バレンタインなのに一日中待ってもこないなまえの家に突撃した。目に入ったのは無残に床に散らばる包装用の可愛らしいラッピング。そして食い荒らされたチョコレート。どうかその時の俺の気持ちを想像してほしい。絶望だ。
しかも絶望に打ちひしがれる俺が誰に食われた!!!!となまえに詰め寄ればどや顔で私だ、と言われた。悪びれもせずにだ。本当にわからない。
当然その日はめちゃくちゃ喧嘩になったのだが、なまえは絶対に折れなかった。それどころかひひっと笑ったりして煽ってきた。おかしい。こんなの絶対におかしい!!!

そう感じていたのは俺だけではないらしく。居間で腕を組んで唸っているところに、俺と同じように険しい顔をしたカラ松が寄ってきた。



「なぁおそ松…最近、俺の天使の機嫌が優れないようでこのままではそろそろ嵐がやってきそうだぜ」

「うんお前のじゃなくて俺の天使」

「ああ、それ確かに。おそ松兄さん、ほんとにおかしいんじゃないなまえちゃん。急にあんなに荒れて」



雑誌を読んでいたチョロ松も乗っかってきた。そうすると当然ほかの奴らも話に入ってくる。やっぱり全員最近のなまえについてはおかしいと思っていたらしい。



「反抗期じゃない?」

「なまえはお前とは違うの。大人になってまで何かに反抗しようとしたりしないの。なまえに反抗期も闇もない」

「いや認めようよ。逆に今まで反抗期が全くなかったのがやばかったんだと思うよ、なまえちゃんの心にだって暗いところはあるよ」

「うむむ…」



あのなまえに?
女の子らしくて控えめで、いっつも笑ってて明るいなまえに闇?反抗期?ないない。
オカルト的なものを信じる心は普段は全くないが、今だけは思う。なまえは今絶対、悪魔に取り憑かれているんだ。そうに違いない。
そう考えてほぼ確信したとき、玄関のドアがめちゃくちゃ叩かれてる音がした。続けて大声もきこえる。



「おそ松いるザンスか!??」

「ちっこんな時になんだイヤミ!」



まさかあいつがまたなまえに何か胡散臭いものでも売りつけたのか?あいつが犯人か!?
もうムカムカしてほとんど殴ってやるつもりでドアを開ける。

思わずぎょっとした。殴るまでもなくイヤミはすでにボロボロだった。



「うわ、イヤミ何」

「何じゃないざんすあんたのとこのなまえにミーの新しいビジネスぶっ潰された上に家の酒全部持ってかれたザンス一体どうしてくれるザンスか!?!!」

「なに!?なまえの奴外でもそんなことを…」



捲し立てるように喋っていたイヤミは、俺の言葉をきいて「彼女やっぱり何かあったんザンスか?」と少しだけ大人しくなった。一応心配しているらしい。あの変わりようをみたら無理もない。
イヤミは気になっているみたいだが生憎説明する労力もない(面倒くさい)し暇もない。思った以上にことは深刻だった。どうしたどうした、と玄関に出てくる弟たちには事情を説明し、とりあえずピシャリとドアを閉めた。
外でイヤミが何か言っているが正直それどころじゃないんだ。今俺たちはわりと大変な問題に直面している。来年のチョコレートや誕生日プレゼントの行方は────



「あ、そういえば今ので思い出した。この前なまえちゃんが道で手つないでるカップルの間を裂くように通ってたの見た」

「トッティそれほんと?やるななまえちゃん」

「あ、ぼくも!公園で素振りしてたらぼくのバットとって自販機壊そうとしてた!」

「自販機ってやっぱ高いらしいよ」

「洒落になんないよ!誰が弁償する?今のなまえちゃん絶対払わないよ!」

「困った子猫ちゃんだ」

「いや、子猫に失礼だ。あれはもう凶暴なモンスターだな」

「たしかにね…好き放題やってるみたいだねモンスター」



それからも次々に出てくるなまえの悪行。今まで何もしてこなかった分を全てやってやるぞというかのように、本当にやりたい放題やっているようだ。
しかもまだまだ上がるらしく、小さなことからやばそうな事まで色んなことがどんどん上がっていく。

そんなとき、外でイヤミが潰れるような声がした。全員その場でびしりと固まった。




「……なまえだ」



扉のすぐ向こうにいる。
差し込む影に、再び緊張が走った。
俺は声を潜め、全員に言った。



「…いいか、しばらくなまえは縛ってうちに転がしておく」

「それがいいね、今のなまえちゃんは正直殺人を犯してもおかしくないよ」

「いいやなまえは天使だ、そんなことはしない…今のなまえの心はきっとかなしみに暮れているだけなんだ、この俺が抱きしめて癒してやれば」

「うるせぇ黙ってろクソ松」

「じゃあ合図したら開けるから、同時に飛びかかれ。今から捕獲する」

「了解」

「おっけー!!」


「さん、にい、いち、」



がらがらがらっっ



「「「なまえ覚悟ー!!」」」

「────!?!?」



五人に飛びかかられて、当然なまえは対応できなかったらしくあっけなく潰される。
くぐもった声で「なにしてんだおまえらぶっ殺すぞ!」と聞こえるのが恐ろしい。若干呂律が回っていないあたり、イヤミから取り上げた酒を飲みながら帰ってきたのだろう。もう完全に不良だ。
なまえよ、やさしいお前はどこに行ってしまったんだ。

とりあえずガムテープを持ってきた俺は、どこか遠くへ行ってしまったなまえを惜しみながらなまえにガムテープを巻きつけるのだった。しかし手足を拘束され口も塞がれ、それでもなお睨みつけてくるのは中々こう、もえた。たまにはいいかも。

151219
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