憧れているシチュエーションは?と聞かれれば、ドラマや少女漫画で知識を蓄えた女の子ならいくつか出てくるだろう。例えば壁ドン、顎クイ、頭ぽんぽん、お姫様抱っこ、その他もろもろ。バン!!

「ヒッ!!」
「………オイ」

ただしイケメンに限る、という言葉もあながち間違ってないらしい。決して憧れシチュエーションの対象が、凶悪不機嫌最高潮の顔を浮かべた幼馴染ではないのだ。断じて。


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東京着いた?
寝てた。着いてる。
おはよー。今日何時に帰ってくるの?
知らない。

「なぁに、また影山くん?」
「んー?そうだよー」

がんばりたまえ、と飛雄への返事を打っていると隣のサトウちゃんがわたしの携帯を覗きこんで、文面を見て「何様よ」と突っ込む。
週末、勉強会と称して集まったばかりのファミレスに今度はれっきとした女子会として全く同じメンツが顔を揃えた。

「ほんと仲良いよね、なまえと影山くん」
「いやぁ、それほどでもあるかも」
「あるんかい」
「付き合っちゃえばいいのにね」
「むしろなんで付き合ってないの?」
「………はい?」

サトウちゃんの言葉に反応して他の二人も視線をじとりとこちらに集中させる。なんでと言われても、わたしと飛雄はそうゆうんじゃないからなぁ。としか答えようがない。しかしこの答えは前回似たようなことを言われたときにブーイングが起きたので却下だ。うーん。答えに迷う、非常に。

「いいじゃん影山くん。背高いし、顔整ってるし、バレー部でレギュラーなんでしょ?文句ナシじゃない?」
「でも勉強は出来ないよ、飛雄」
「それはあんたもでしょうが」
「よせやい、照れるじゃないか」
「いや照れんな。勉強しろ」

それに関しては言い返す言葉がないんですが。このサトウちゃんが居なければ、わたしはきっと昨日の今頃、飛雄と翔陽と同じ教室である。

「けどほんと仲良いよね。わたしも腐れ縁で小学校からの同級生いるけど、一緒にご飯食べたりメールしたりしないよ」
「飛雄だってしょっちゅうメールするわけじゃないから」
「あー、まぁなまえには日向もいるしね」
「でも日向って恋愛対象に入らなくない?なんか可愛さ勝るって感じで」
「分かる分かる。日向は弟とか後輩見てるみたいだよね」

全くもって分からない。三人で盛り上がりはじめたのをいいことにドリンクバーのオレンジジュースで気を紛らわす。けどそんな逃げが許されのもほんの数分で、翔陽の話題が終わればすぐにまた三対の目がこちらを向いた。

「もし影山くんに彼女出来たらどうするの?勉強はともかくとして、やっぱりかっこいいって思う子いるんだよ?」

どうするの?と聞かれてもどうもしないのが正直なところ。飛雄がかっこいいことくらいわたしはずっと前から知ってるし、それをかっこいいと言ってくれる女の子がいると鼻が高い。飛雄は昔からかっこいいんだ、バレーしてる飛雄はもっとかっこいいんだ、と言ってやりたくなる。

「彼女は可愛い子がいいなー」
「…あんたねぇ、どこのポジションにいるつもり」
「そういえばこの間二組の子たちが影山くんかっこいいって言ってたよ」
「マジ?なまえピンチじゃん」
「だからちがうって!」

それからしばらく飛雄ネタで責められて、終わったかと思いきや今度はこの間教室を訪ねてきた月島くんにターゲットが変わる。メンツの一人が月島くんどストライクらしく、紹介してほしいと手を合わせられたが、そんなことをしたらあの冷たい目で何を言われるか分かったもんじゃない。さすがに身の危険を感じたので丁重にお断りをしておいた。
彼氏持ちサトウちゃんの携帯に電話が入ったことで今日は解散。その頃にはすっかり冷やかしの対象がサトウちゃんに移っており、わたしも今度はいじる側に回った。生徒会の彼とクラス一位のサトウちゃんはとてもお似合いなのだ。この間学校で手を繋いでいるのを偶然見つけてしまって、影でニヤニヤしながら見守ったのを覚えている。
そういえばちょうど一緒にいた飛雄が、いつもならこうゆうのは素っ気ないのに、珍しく興味を示していたような気がする。多分。


カレールウ買ってきて!お金はあとで返すから!

もうすぐ自宅が見えるくらいの距離まで来たところでお母さんからミッションが届いていた。出来ればもう少し早く行って欲しかった、と渋々道を引き返す。
行ったり来たりしたのが面倒で少しイライラしながら近所のスーパーへ行くと、昔馴染みのおばちゃんとバッタリ会って「なまえちゃん綺麗になったわね」なんて言うものだからたちまち機嫌が良くなってしまう。おばちゃんは飛雄のこともよく知っており「飛雄くんもうんとかっこよくなっちゃって、二人ともお似合いね」と朗らかに笑った。…アレ?なんだろう、デジャヴ的なものを感じる。

「あれ?」

カレールウを買っておばちゃんとさよならをして、先ほど歩いていた帰路を再び辿っていると、見覚えのある真ん丸の頭が前を歩いていた。やたらと目立つ身長と、大きいスポーツバッグ。間違いなく飛雄だ。

「飛雄ー!遠征お疲れさ、」

振り返った飛雄を見て言葉を失った。学校で会ったときにはなかったはずのものが散らばっている。目を疑ったが相手はまぎれもなく飛雄で、何度瞬きしても現実だった。

「ど、どうしたの怪我!たくさんして!」
「なんでもねぇよ」
「なんでもないわけないでしょ……」

身体のあちこちにある傷はどう考えてもバレーの練習で出来たものではない。早く家に戻って手当てしなきゃ、と飛雄の手を引こうとすると、逆に腕を強く引かれ次の瞬間には景色が変わっていた。バン!!

「ヒッ!!」
「………オイ」

そして冒頭に至る。


「……お前は」
「うぇっ!?」
「俺のバレーが間違ってると思ったことはあるか」
「イ、イエ!」
「だったらなんで!あいつは!!」
「ぎゃああ!な、なに、あいつ誰!?翔陽?いつも飛雄のこと信じてるのではないでしょうか!」

飛雄が怒っているのには慣れている、とは言っても意味も分からず壁に追いやられて怒鳴られてはさすがに頭がついてこない。勢いだけで応答したけど、誤ったらさらにヒドイ目に合うのではないか。黙ってしまった飛雄が逆に怖い。反射的に固く閉ざしていた瞼をおそるおそる慎重に開くと。

「…じゃあ、なんでだよ……クソが…!」
「なに…?飛雄……?」

肩に落ちてきた飛雄の顔は怒っている、というより辛く苦しそうだった。感情を詰め込んだ表情にぐっと胸が切なさでいっぱいに包まれる。ゆっくり手を伸ばして筋肉ばかりついた飛雄の背中をトントンと数回叩くと、強張っていた体が少し柔らかくなる。
ゴールデンウィークにも合宿があったけど、あの時は生き生きした顔で帰ってきたから、まさかこんな顔をして帰ってくるなんて思わないじゃない。どうしたの。何があったの。そんな顔しないで。これは聞いちゃいけないやつだ、と思っておきながら考えることはそればかり。何も言えない代わりに、少しだけ空が滲んで見えた。


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