テスト返却で翔陽が教室で倒れたのはつい先日のこと。補習が決まった飛雄と揃って、二人とも言葉もかけられないくらい顔色が悪くて心配していたのだけど、きっとバレー部の人たちから激励を受けたんだろう。一晩経てば暗かった表情はまたやる気に満ちていて、ほっと胸を撫で下ろした。
谷地さんのとこ行ってくる!と教室を出て行ったきり帰って来ないということは、きっと勉強が捗っているんだろう。多分飛雄も一緒だ。五組にいるのは分かってるし、気になるのなら行けばいい。そう思っているのに席を立つことは出来なかった。飛雄がせっかくああ言ってくれたものの、補習が決まった二人のお邪魔をするわけにはいかない。

「…うわ、何してんの」
「んぉわっ!」

モヤモヤした思考を飛ばしたくて机に額を擦りつけていると声が降ってくる。突然のことに驚いて顔を上げても声の主とは目が合わず、さらに上を向いてやっと眼鏡越しの冷たい目と視線を合わせられた。

「つ、月島くん!なにゆえここに…」
「むしろコッチが知りたいんだけど」
「ん?どうゆうこと?」
「うちのクラスの担任から」

そう言って差し出されたのは所属している体育委員のプリント。そういえば担当の先生って月島くんのクラス担任だったっけ。

「……あれ?けどなんで月島くん?」
「僕が知るわけないでしょ。じゃあ用は済んだから、これで」
「あ、うん!ありがとうね」

首を傾げると月島くんの表情が険しくなる。…これは完全に面倒事を押し付けられたパターンみたいだ。多分この間喋ってるのを先生に目撃されたんだろう、とゆうことは予想できる。そこでふと教室が黄色い声でざわついているのが聞こえてきた。

「今のって四組の月島くんだよね。身長高〜い!」
「クールな雰囲気やばくない?大人っぽいよねぇ」
「てゆうか超かっこいいんだけど!なまえにはもったいないって」
「おーい聞こえてるぞー」

黄色い声の中には仲の良い顔ぶれもいて、反応するとケラケラと笑われた。ちくしょう、わざとだな。と睨んだところで思い出した。すっかり忘れていたものを鞄の中から探し出して、すぐさま月島くんを追いかける。賑やかな廊下からひとつ飛び出した頭はすぐに見つけられた。

「おーい、月島くん!」
「……なに」

早く戻りたいんですけど、と書いた顔が振り向いてウッと怯む。しかしこれを見れば絶対に喜ぶであろう。数日前のやり取りを思い出してニヤつきながら「期間限定ショートケーキ味」と可愛らしく描かれた箱差し出すと、険しかった月島くんの表情が少し和らいだ気がした。

「今度は食べかけじゃなくて新品だから。どうぞ」
「……は?なんで僕?」
「コンビニで見つけて、月島くんだなーって思ったので」
「それでわざわざ買ってきたの」
「え、うん」

月島くんには申し訳ないがこれ以上の理由は見当たらない。しいて言うならプリントのお礼だろうか。それにしてもやっぱり意外である。さっきクラスメイトが言ったように一見クールなイメージだから。

「月島くん、甘いもの苦手そうなのに」
「……悪い?」
「全然悪くないよー。わたしも甘いもの好きだし、北川に出来た新しいケーキ屋さんすっごくおいしいんだよ!」
「どこ」
「え?」
「そのお店、どこって聞いてるんだけど」
「あ、えっと、学校から北川方面に帰る道中の一本入ったとこだよ。今度案内しようか?」

近くにケーキ屋さんがなくて、いつも駅前かショッピングモールまで出向いていたのに、最近出来た近所のケーキ屋さんがこれまた美味しい。月島くんが甘いもの好きなのかポッキーが好きなのかショートケーキが好きなのかは分からないけど、どれが好きでも是非食べていただきたい。
甘いものトークの最中は柔らかかった表情がまた険しくなる。そして訝しげにわたしとポッキーを交互に見てから、月島くんは何故か深い深い溜め息を吐いた。

「君さぁ、影山の幼馴染にピッタリだよね」
「ほんと?それよく言われるんだー」
「言っとくけど一ミリも褒めてないから。馬鹿なの」
「なっ、だ!ばっ…!!」
「日本語話しなよ」

誰が馬鹿だと叫びかけて、ここは廊下だと我に返って堪えたタイミングが悪かった。自分でも何を言ったのか分からない言葉を発すると、月島くんはここぞとばかりに意地の悪い笑顔で見下ろしてくる。こ、このやろう…!もうポッキーやるもんか、と引き下がろうとしたが時は既に遅かったらしい。さっきまで持っていたポッキーの箱は月島くんの手の中に収まっていた。

「お心遣いドーモ」
「あ、ドーモ……じゃない!」
「さっきの話は遠慮するよ。僕は日向みたいに威嚇されるのごめんなんで」
「い、威嚇…?」

どういうこと?と固まった思考に身体も一緒に固くなる。くるりと背を向けたあたり、答えを教えてくれる気はサラサラないらしい。訳が分からないまま歩いてく背中にフン、と鼻を鳴らして踵を返すと。

「んわっ!飛………雄さんはどうして怒っていらっしゃるのでしょうか」

途端、何かに突っ込んだ。その何かは顔を上げるとすぐに分かった。筋肉質な飛雄の身体はぶつかるとそれなりにダメージを負うのだが、そんなことより不機嫌マックス顔を浮かべる理由を知るほうが先である。

「勉強は?翔陽と谷地さんは?」
「……こんっのボゲェ!!」
「なんでっっ!!」
「てめぇいつ月島と知り合った!」
「えええちょっと前!ちょっと前だよ!」
「ちょっとっていつだ!なんで言わねぇんだよこの馬鹿!」
「はぁ?なんで飛雄に言うの?」
「そ、そんなの…なんでもだろうが!!」
「理不尽とは!!」

まさにこのことを言うのだろう。それよか勉強はどうした。チラッと横目で振り返った先、月島くんが口元に手を当てて、さも御愁傷様とでも言いたげに笑いやがった。なんて日だ。


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