「この子って、確かこの前の」
「はい!影山の幼馴染のなまえです!っておい、お前が紹介しろよ!」
「幼馴染のなまえっス」
「それ俺が言ったやつだろ!」
「うっせーな、いいだろ別に」
「………ええと?」

目の前で繰り広げられているやりとりに頭がついていかない。飛雄と翔陽、それからとんでもなく美人なお方が。

「こちらは男子バレー部マネージャーの清水潔子先輩です!」

呆気にとられていると翔陽の元気な声が響く。清水潔子先輩…名前勝ちどころか、その名の通りの美貌の持ち主である。女性アナウンサーとか女優さんとか見たら綺麗だなって思うけど、テレビ越しで見る人より何倍も美しい。

「初めまして。えっと…なまえちゃん、でいいのかな」
「あ、え!!合ってます!ハッ、初めまして!」
「部活には所属してないって二人から聞いて、それでもし良かったら、バレー部のマネージャーやってみない?」
「うぇ!?」

清水先輩の声を聞くたびに心臓が跳ねる気分だ。飛雄に縋る思いで視線をやれば「何動揺してんだ」と言葉の返事が聞こえた。もうやだ飛雄黙ってて、本当に、切実に。

「お前、中学んときはマネージャーやってただろ」
「え!!そうなの?」
「え?ああ、うん一応、だけど…」
「あれ?けど俺が影山と試合したときいなかったよな」
「一回戦のときは風邪ひいてて、休んでたんだよね」
「じゃあ!マネージャー!!」

「おーい影山ぁ、今日日直だろー」

ああもう翔陽が期待の眼差しを向けてくるじゃんか!!心なしか清水先輩の表情にも力がこもったように見える。ひえ、と怖気付いていると廊下の向こうから飛雄を呼ぶ声がする。おそらくクラスメイトであろう男子に手招きされて、飛雄はさっさと教室に戻ってしまった。どうするんだこの状況。

「あ、あの、清水先輩」
「うん?」

緊張でいっぱいいっぱいの声で清水先輩を呼ぶと、首をかくりと傾げてわたしの言葉を待ってくれる。さらりと泳いだ髪がツヤツヤだ。どうしたらあんな天使の輪が出来るんだろう。しかし今はそこではない。

「誘っていただいて本当に嬉しいです。是非とも清水先輩のシモベに、な、なりたいんですが」
「シモベ……?」
「けど、あ、ごめんなさい!マネージャー出来ないです!翔陽も、ごめんね」
「……そっか」
「ええ!なまえがいたら絶対心強いのに!」
「ちょっと日向」

ショックを前面に押し出してくる翔陽に心が揺らぎそうになるのもグッと堪える。もちろん適当に断ったわけじゃない。

「あの」

わたしなりに考えたことがあって、だから入学したときもバレー部の見学にも行かなかった。見学に行ったらもっと近くで見たくなるし、もっと応援したくなる。飛雄が中学のときとは違うとなってしまっては尚更だ。尚更だからこそ、わたしは多分、マネージャーに向いてないんだという自覚がある。飛雄は知らないだろうけど、中学のときに金田一や国見、監督にもこれは注意されたことがあった。
もう一度頭を下げて謝ると清水先輩は大丈夫だと言って笑ってくれて、そして「応援してるから、頑張って」と励ましてくれた。……うん?何を?


「先輩行ったのか」
「あ、飛雄おかえんなさーい」
「日向は?」
「他のクラスに部活に入ってない子がいないか聞きにいったよ」

なんとなく戻ってくるんじゃないかと思って一人廊下でぼんやりしていると、案の定日直の仕事を終えた飛雄が戻ってきた。隣にやって来るなりついでに買ってきたらしいぐんぐんヨーグルにストローを通す。一口ちょうだい、の意味を込めて口を開くとちょっと嫌な顔をされたけど、躊躇なくわたしの口元にストローを寄越してくれる。うん、うまい。

「なんて返事したか聞かないんだ?」
「日向が他のクラス行ったってことは断ったんじゃねぇのか」
「ありゃ、バレてら」
「つーか、やんねぇだろうなって思った」
「そうなの?」
「やるなら最初からやってるだろ」

なんだ、お見通しですか。きっと飛雄はそんなつもりはこれっぽっちもないんだろうけど、わたしはそれが嬉しくてへろっとだらしなく笑うとちょっと引かれた。

「マネージャー見つかるといいね」
「まあ、そのうちな」
「可愛い子だったら嬉しいなー」
「別になんでもいい」
「えー!清水先輩だってすごい美人じゃん!なんで教えてくれないの!」
「あ?なんでわざわざ言うんだよ」

飛雄がこの手の話に興味があるとは到底思えないけど、なんでもいいってなにさ。もしかして飛雄にはあの清水先輩でさえ、ひとまとめで女子ってなってるんじゃないだろうか。翔陽だってなんだかソワソワしてるみたいだったのに。

「お前以外の女子はよく分かんねぇから別にどうだっていい」
「ええ…飛雄の将来が心配……」
「心配しなくても全国行くに決まってんだろ」
「違うそうじゃない……」

広い背中を慰めるようにぽんぽんと叩く。こんなにバレーばかりで本当に大丈夫なんだろうか。翔陽によると、飛雄がかっこいいって女の子たちが噂していたことがあるらしい。その時はいろいろあって女の子たちは諦めたらしいが、今でもチラホラ聞くらしい。
こんな調子では飛雄に彼女が出来るのは夢のまた夢かもしれない。清水先輩が「応援してる」と言っていたのがなんとなく頭を過ぎった。結局あれはどういう意味を持っていたんだろうか。

「うわっ!なに!」

頭を物理的に掻き乱されて、もんもんとしていたものが飛んでいく。犯人は隣にいる飛雄しかおらず、いつの間にか俯いていた顔を上げればもちろん目が合う。そしてやんわりと口角を上げて。

「安心しろ。ちゃんと勝ってくる」

だからそうじゃないって。


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