今日は目覚まし時計より早く鳴った携帯に強引に起こされたせいで、いつもより幾分か眠い。半開きの目で朝早くに届いたメールを睨みつける。表示されている名前は飛雄のもので。

弁当忘れた。

簡潔に、分かりやすく、つまり弁当を持ってこいとゆう内容だと汲み取れた。知らんがな、と寝起き不機嫌の頭では思っていたが、さすがに食べ盛りで部活熱心な飛雄に弁当なしでは可哀想だろう。仕方なく朝一で飛雄の家に寄って持ってきたものの、昨日の今日で体育館まで行くのはさすがに気が引ける。体育館の前で寝るとか普通に恥ずかしい。
あの視線の正体も分かったことだし、憂鬱な気分だけは晴れていて、あとはこの弁当をいつ飛雄に届けるか。朝練っていつ終わるのかなぁ。

「みょうじさん!おはよ!」
「おわっ!ひ、日向くん、おはよー」

視界の隅からにゅっとオレンジ色が入ってきて、変な声が出たけどなんとか挨拶を返す。なんで日向くんがここに、と一瞬思ったけどクラスメイトなんだから当たり前だろう。

「今日は早いんだな。いつももっとゆっくりじゃない?俺が朝練終わってから来るし」
「あ、うん。そうなんだけど朝から飛雄のメールで起こされちゃってさぁ」
「影山のメール?それ影山の弁当箱?」

おそらく、というよりほぼ確信しているが日向くんはコミュニケーション能力がかなり高いとみた。顔は知っていたものの、ファーストコンタクトが昨日のアレだったというのに、特に気に留めた様子もなく会話のキャッチボールが進む。飛雄とは全く正反対のタイプだなぁ、とひしひしと感じる。

「昼休み届けてこようか?ちょうどほかに行くとこあるし!」
「え、いいの?助かる!」
「おう!任しといて!」

思いがけない日向くんの申し出に甘えて弁当箱を預ける。簡単な挨拶を交わしてから自分の席へ戻る日向くんを目で追いかけた。
身長はわたしより十センチくらい大きいけど、男子バレー部と名乗るには低いと言われるであろう身長。わたしの基準が飛雄のせいか余計に小さく見えてしまうけど、昨日の部活を見た限りではそれを欠点どころか、むしろ武器として扱っていた。きっと高校に入ってから飛雄に変化があったのは彼のおかげなんだな、と思う。実際にその光景を見ていたわけじゃないし、立ち会っていたわけでもないから、なんとなくだけど。
ありがとうございます日向くん。飛雄が生き生きしてて幼馴染は嬉しいです。彼女じゃないのは申し訳ない。大きくない背中に手を合わせて拝んだ。



「みょうじさんっていつから影山と一緒にいんの?」

あれ。どうしてわたしは日向くんと二人で歩いているんだろう。帰ろうと思って立っただけなのに気づけば隣にいた日向くんと一緒に下まで行こうとゆう流れになっていた。昼休みのときに飛雄に弁当を届けてくれたお礼も言えたし、ちょうどいいか。昨日までの横目で見られるような視線が無くなった代わりに、今度は本人が堂々と話しかけてくる。

「んー、幼稚園くらいかな。飛雄のほうがわたしより小さいときもあったんだよー」
「え!?みょうじさん俺より十センチくらい小さいのに!」
「げっ、それは言っちゃいけないぜミスター翔陽…」

飛雄が大きいせいで自然とコンプレックスになっていた低身長の話題をあっさりと出される。しかも真っ二つに折られる。ショックのあまりおふざけ口調で返すと、項垂れたわたしを見た日向くんは何故だか口元を歪めていた。

「え?なに?」
「それ!翔陽って!」
「うん?あれ。名前間違った?」
「合ってる!俺の同中のやつ、あんま烏野いなくてさぁ。名前で呼んでもらうの新鮮ってゆうか懐かしいってゆうか、なんか嬉しくて」

先輩たちも影山も俺のこと苗字で呼ぶしさぁ、と嬉しそうに話す日向くん。もし日向くんに尻尾が生えていたら、全力で左右に振っているんじゃないかくらい喜んでいるのが分かる。こんな話を聞いてしまっては、わたしじゃなくてももう「日向くん」とは呼べないだろう。

「じゃあ翔陽くんって呼んじゃおうかな」
「マジで!いいの!ほんとに!?」

女子に呼び捨てされる俺…!!謎の感動に浸る日向くんを見て笑いそうになる。なんていうか、見ていて飽きない子だ。

「わたしも飛雄以外の男の子名前で呼んだことないかも」
「そうなの?じゃあ俺が第二号だ!」
「第二号かぁ、そうだね」
「ええと、ならみょうじさんはなまえちゃん?…うーん、なんか呼びづらい?」
「なまえでいいよ。飛雄もそうだから」
「だったら俺も翔陽でいいって!な!」

日向くん、もとい翔陽の目がキラキラと光ってなんとも眩しい。圧倒されすぎて返事が思わず「ソウデスネ」とカタコトになる。けどそんなもの翔陽には気にならないらしく、白い歯を見せてにかりと笑う。飛雄がこんな風に笑うのを近年見たことがない。男の子ってこんなに可愛く見えるものなのか。それとも翔陽が特別なんだろうか。ううん、分からない。

「なまえ、と日向」
「人をついでみたいに言うな!」
「は?言ってねぇだろ」
「どこがだよ!!」

放課後の人通りの多い一階まで来ると、知っている声が耳を通る。飛雄だ、と認識した途端に翔陽が噛み付くものだから、きっと二人はいつもこんな感じなんだろう。喧嘩するほどなんとやら、とはまさにこのことだ。

「おーい日向ー!影山ー!」
「スガさんだ!あ、お前も早く来いよ影山。じゃあなまえまた明日!」
「うん。部活頑張ってね翔陽!」
「おーす!!」

飛雄が来たかと思えば今度は先輩が外から声をかけてくる。飛雄がバレー部に溶け込んでいるのを昨日に引き続き実感していると。

「おい。今のなんだよ」
「え?なに飛雄」
「なんで日向のこと名前で呼んでんだよ。あいつも呼んでるし」
「今日から名前で呼ぶことにしたんだよ。高校入ってからあんまり名前で呼んでもらえないんだって」

なんで、と問われたので理由を話せば飛雄は口先を尖らせる。分かっていない顔だってことくらいすぐに分かって、これ以上説明をしても首を傾げるだけとみた。なんたって飛雄はそうゆう男なんだから。

「そんなこと気にするか普通」
「うーん、飛雄は気にしないだろうね」
「なんだとオラ」
「お弁当持って行ってあげたんだからいいでしょー別にー」
「それとこれとは関係ねぇだろ!」

確かにちっとも話の繋がりないけれど、お礼くらい言ってくれたって罰は下りないだろうに。早起き損か、と飛雄をジト目で睨みつけても効果はいまひとつだった。

「あんま呼ぶんじゃねぇぞ」
「ん?」
「日向のこと」

それこそ本当になんで?なわけだけど、向こうからさっきとは違う坊主の先輩に呼ばれて返事を聞くことは出来なかった。理由は聞けなかった代わりに、全然関係ない内容のメールがお風呂上がりに着ていた。差出人と内容を確認して、それこそ口で言ってほしいものだと溜め息をつく。しょうがないなぁ。そう許してしまうわたしもきっと飛雄に甘いしょうがないやつだ。

弁当助かった。あざす。


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