最近、視線を感じる。
学校にいるとき限定で感じる視線は舐め回すような嫌な感じのものではなく、刺されるような鋭いものでもない。観察とまではいかないが横目でチラチラと様子を確認するような、そんな感じ。かといって決して居心地のいいものではないため、やっと高校生活に慣れてきたというのに入学したてのようにソワソワと落ち着かない日が続いていた。
今だって、ホラ。いつもお昼休みを共にする友達が委員会やら風邪でおやすみやらで一人もおらず、幼馴染の元に逃げ込んだというのに。視線が痛い。

「なんか最近見られてる気がする」
「あ?誰にだよ」
「誰だろう…」

自動販売機から教室までの道中でぽつりと呟くと、反応した飛雄がわけがわからないといった顔をした。生憎わけがわからないのはこちらも同じなので、その疑問を解消してやることはできない。

「気のせいじゃねぇの」
「そうだよね、そうがいいよね」
「あ、そういや今日終わるまで待ってるだろ」
「あー、うーん…」

今日は共働きの母の帰りが遅いため、お隣さんの飛雄の家に夕飯をお邪魔することになっている。高校に入ってからも何度か影山家の夕飯にお邪魔しているが、その時は決まって飛雄の部活が終わるのを待っているんだけども、今日は件のことが気になって仕方がない。

「なんだか分かんねぇのに気にしてたってしょうがねぇだろ」

全くもってその通りです。ちくしょう飛雄め、乙女心の分からんやつだな。何の反論も出来ずにわたしより約三十センチも高い飛雄を睨みつける、とそこでふと気付いた。

「ねえちょっと、かがんで」
「あ?」
「四限目寝てた?」
「な、なんで分かる!」
「ほっぺた寝跡ついてる。駄目だよ授業中寝たら」
「うるせ。お前もしょっちゅう寝てんだろ」
「今日は寝てないよー」

赤くなっている飛雄の頬をぺちぺちと叩いて笑ってやる。頭の中の大部分をバレーに捧げている飛雄は昔から勉強はからきしで、授業中に寝ていることなんて日常茶飯事だった。同じクラスの時なんかは「そこの凸凹コンビ起きろ」とよく注意されなものだ。くだらない思い出に浸っていると背中にチリチリと何かを感じて、はっと息を飲む。

「あああ、今すごく視線を感じた…!」
「そうか?」
「飛雄は鈍チンだから分からないんだよ!」
「あァ!?俺は鈍くねぇ!」

何年幼馴染をやっていると思っているんだ。今更飛雄が凄んできたところで怖くもなんともない。教室に辿り着くまでの間ずっと飛雄がぎゃんぎゃん喚いていたけど、そんなものお構いなしで飛雄を盾にして歩いた。視線は未だにちらりちらりと感じている。


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例の視線が怖くて放課後が憂鬱だったが、心配に反して恐れていたものは一向に現れなかったことに安堵する。むしろ宿題を全て片付けてしまって暇なくらいだ。
さて、どうしようかと何の考えもなしに教室をあとにする。図書室で自主勉?さすがに宿題のあとにプラスで勉強する気にはなれない。購買でおやつ買い食い?けどおばさんの美味しいごはんが待っているのに間食するわけにはいかない。バレー部の練習が終わるまであとどれくらいなのだろう。
風邪で休んだ友達にラインを送りながら校内をウロウロしていると、気づけば第二体育館の方まで足を進めていた。授業で使うのは大抵第一体育館だから来るのは初めてかもしれない。確か第二体育館は男子バレー部の練習場だったっけ。ここまで来ておいて好奇心に抗うようなことは出来ない。そうっと音を立てないように注意を払って館内を覗き込む。

「…うわぁ」

そして、目を奪われる。飛雄の手からスパイカーの手まで伸びるトス。最後に飛雄のバレーを見たのは中学最後の大会以来だから、ちょっとドキドキしてたけど、全然心配なかったや。バレー部に馴染めているのはうっすら知ってたとはいえ、目の当たりにするとやっぱり幼馴染として嬉しいものがある。これは今日おばさんに話すいい話のタネになりそうだ、と頬が緩む。久しぶりのボールを叩く音が心地よくて目を伏せた。




「おい。なまえ、起きろ!なまえ!!」
「んわ!ん、とびお……なに…?」

揺さぶられる感覚と鼓膜を突き刺す声に意識を引きずられて、ぼんやりとした視界に映った飛雄と目が合う。

「お前な……何もここで寝て待つことねぇだろ」
「どこ?わたし寝てた…?」
「体育館。完全に寝てたな」
「うーん、だって飛雄のバレー見るの久しぶりだったからさぁ」
「……風邪引かれて迷惑すんのはこっちなんだよ。ちょっと待ってろ、荷物とってくるから」
「はーい」

気づけば体育館の入口のところで眠ってしまっていたらしい。さっきまでぴったりくっついてた扉が開いているし、先程の飛雄の声量からしてバレー部の皆さんにもきっとバレているであろう。ううん、恥ずかしい。羞恥にうずくまっているうちに飛雄が一度体育館に顔を戻してから部室の方へと駆けていく。先輩に断りをいれる姿なんかは懐かしいを通り越して新鮮だ。

「あ、あの!!!」
「えっハ、ハイ!!え?わたし?」

突然大きな声に背中を叩かれて振り返れば、同じクラスの日向くんの姿。喋ったことはないけど顔と名前は一致している。緊張の混じった声で呼ばれたせいか、何故かわたしまで緊張してしまう。

「みょうじさんは!その、ええっと!その…か、影山クンとお付き合いしてるんでしょうか!!?」
「は?………え?」

どうなんだどうなんだ、と後ろでざわざわしているのは先輩方だろうか。心なしかニヤニヤしているように見えるし、なんというか興味全開といった様子だ。確かにこんなところで待っていたらそうゆう風に見えるかもしれない。そこで、あれ?と気づいた。最近浴びている視線がまさに。

「なまえ、帰んぞ」
「うわあああ影山!!!」
「あ?なんだよ」
「おかえり飛雄」
「ハッ!呼び捨て…!」

戻って来た飛雄を見るなり日向くんは悲鳴をあげる。かと思いきや、わたしの飛雄呼びに今度は驚いている。忙しい子だな、と思った。

「あの、日向くん」
「うえっ!?あ、お、俺の名前!」
「わたしね、飛雄とは幼馴染なんだー」
「幼馴染?えっ?えええ!?影山の!幼馴染が女子!」
「さっきからうるせーぞ日向ボゲェ!」
「びっくりしてんだからしょーがねぇだろ!みょうじさんが影山の彼女だったら、というかお前に先越されてたらって思ったら!なあ!」
「はぁ?んなもんいたらバレーに集中出来なくなんだろ」

なんとも飛雄らしい解答に日向くんが言葉を止めた。なに言ってんだコイツ、とでも言いたげな顔だなぁ。表情がコロコロ変わる日向くんが面白くて、笑うのを我慢していると「みょうじさん!」とまた大きな声で呼ばれた。

「ごめん勘違いしてて!最近みょうじさん見るたびに影山の彼女だって思って超ジロジロ見ちゃってた!」

ああ、やっぱりそうだったんだ。それなら学校内でだけで視線を感じていたのも、飛雄を待っている間は視線を感じなかったのも納得だ。先輩たちの表情からするに、多分こちらを伺っていたのは日向くんだけではないのでは。自惚れていたわけじゃないけどストーカー的なものじゃなくてよかった。怖い先輩に目をつけられてたわけでもなくてよかった、と安心がほかの何より圧勝している。

「犯人お前かよ」
「犯人?なんの?」
「あ、なんでもない!ほら飛雄帰るよ!」
「おう。スンマセン、お先失礼します。お疲れした」

余計なことを言いそうな飛雄の背を押して帰宅を促す。「おー影山お疲れー」と返事が体育館の中から返ってきて、最早感動すら覚える。ちゃんと飛雄が部員と挨拶を交わしてるなんて。金田一や国見が見たらわたしより驚きそうだ。
現状にすでに慣れているらしい飛雄は、こちらの感動に気づくわけもなく「腹減った…」と呟いている。

「日向でよかったな」

続いた飛雄の言葉に心底同意した。


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