「あっ!!影山の幼馴染!」
「コラ西谷!指差すなっての!」
「あ、スンマセン!」

第二体育館。ここを訪ねるのは二度目である。運動したあと特有の熱気が顔にかかったのが懐かしくてポーッとしていると、大きな声で名前を呼ばれた。名前は一文字も呼ばれていないけど、自分のことだということくらいさすがに分かる。

「こんにちは。お邪魔します。飛雄の幼馴染のみょうじなまえです」
「しあーッス!!!」

もうお馴染みになってきた自己紹介をすると、取り囲んでいた部員の皆さんから挨拶が返ってくる。おお、この大音量の挨拶も懐かしい!ちょっと感動していると、先程谷地さんとの会話で話題の中心になっていた人物がひょっこりと前にやって来る。

「なまえ!試合見学してくれんの!」
「あ、翔陽お疲れさま!実は清水先輩の粋な計らいで見せてもらえることになったんだ」
「し、清水先輩が?あ、あ、あざーっす!!」
「ああ潔子さん!身も心もお美しい!!」
「美しすぎるぜ潔子さん!!」
「ヒッ!」

坊主頭の人と、さっき注意を受けていた人が翔陽の後ろから身を乗り出してきて、飛び上がるようにびっくりする。驚きのあまり咄嗟に近くにいた飛雄の腕を引っ掴むと、お二人の目がギラリとこちらを捕らえた。

「あ?何ビビってやがる」
「だ、だって、びっくり、」
「影山ァ!お前!!」
「女子に触られて平然としてんじゃねェー!!」
「田中!西谷!お前らちょっと下がれ!」

どうやらお二人は田中さんと西谷さんと言うらしい。坊主頭が田中さんで怒られていたのは西谷さんのようだ。二人はあっという間に先輩らしき人に首根っこを掴まれて、体育館の端っこへと連行されていった。その背中は悪さをしたわんこみたいにしゅんと丸くなっていて、ぽかんと呆気にとられる。驚いてしまってなんだか申し訳ない。

「影山は怖くないのに田中と西谷は怖いって珍しいよなー」
「………なんか、ぎらぎらしてるので」
「あー、あれは清水限定だべ。ごめんな?」

ポンと頭に軽い衝撃を感じる。それは謝ってくれた先輩から伸びてきており、撫でられているのだと気づく。わぁ、当たり前だけど飛雄とは全然違う手だ。それにしても清水先輩限定かー、とてもよく分かる。あれだけの美貌を持っていて惚れない人がいないわけがない。一人で自己完結をしていると途端、パッと身を引くように手の重みが無くなった。

「あ、悪い。これNG?」
「なにがですか?」
「……おっとマジか。無自覚か」

返事をしたのは何故か飛雄。視線からしてわたしに向けての質問ではなかったらしいが、飛雄は不思議そうな顔をしてわたしを見下ろす。残念ながらわたしにも分からない。「あっ俺、三年の菅原孝支。宜しくな」爽やかで優しげな雰囲気を纏ったこの人は菅原さん。田中さんに西谷さんに菅原さん。今日は名前をたくさん覚える日になりそうだ。

「なぁ!なまえの作ってくれたおにぎりってどれ?」
「わたし一番手ちっちゃかったから、このへんかな」
「おお確かに。小さくてなまえっぽい!」
「えっ、翔陽喧嘩売ってる?」
「褒めてんじゃないの」
「全然褒めてないっ!!…げっ!月島くん!」

降ってきた冷たい声は確認しなくとも誰か分かる。振り返ってみれば案の定月島くんで、翔陽も同じように顔を歪めた。

「げ!なんだよ月島!」
「二人して同じ反応しないでくれる。ムカつくから」
「はいはい、おにぎりは自主練前!今は水分取りなさいねー」

パンパン!と小気味よい音が響いて、おにぎりのお皿に群がっていた皆さんがそれぞれちゃんと休憩をとりはじめる。多分この人が男子バレー部の主将さんなんだろうな、と察しがついた。

「あの、今日はありがとうございます。お招きいただいて」
「こちらこそ!マネージャーのこと手伝ってくれてありがとう」
「お、おお…!」

菅原さんとはまた違った、力強い優しさを纏っているのが印象的だ。飛雄がこの人についていってるのがなんだか分かる気がする。中学のときに初めて見た主将は、いつも華やかな雰囲気持っていたけど、こちらはたくましい感じだ。これが貫禄というやつだろうか。圧倒されていると変な声が出てしまった。ぺこりと会釈をすると「澤村大地」さんだと教えてくれた。またひとり、覚えなくてはならない。

「聞いたよ清水から。マネージャー断った理由も」
「あ、す、すみません!せっかく誘っていただいたのに、いいお返事ができなくて」
「いや、いいんだよ。真剣に考えてくれて、むしろ有難い」

芯の通った澤村さんの声からは、それが嘘偽りのない言葉だということ伝わる。ホッと胸を撫で下ろして安堵の息を漏らしていると、澤村さんは言葉を続けた。

「俺たちはさ。影山との付き合いが、当たり前だけどみょうじさんより少ないから。みょうじさんが影山のこと考えてそうしたほうがいいって言うんなら、素直にああそうなんだなって思うよ」

ーー影山のこと大事にしてるんだな。


「………あ、っう」
「すまん!なんかまずかった?」
「びっくり、して。そんな風に言われたことなくて、う、うう、うれしいいい」

澤村さんの言葉が身体の中にじんわりと染み込んでくる。涙の膜が目の前を張って、ゆらりと視界が揺らめく。バレー部の皆さんがわいわいがやがやと賑やかなおかげで、どうやらわたしの涙には気づいていないらしい。助かった。なんとか涙を落とさないように顔面に力を入れて堪えると、何故か澤村さんに笑われてしまった。そんなにひどい顔をしていただろうか。こっちのほうがよっぽど恥ずかしい。

「それに影山にもちゃんと大事にされてるよ、みょうじさん」

……そうかな。そうだといいな。そうがいいな。ありがとうございます、が上手く紡げなくて澤村さんに何度も頭を下げると「いいからいいから」と背を押してくれた。無意識に進んだ足はふらふらと飛雄のほうへ向かう。

「おいなまえ。試合の後の自主練付き合え」
「え、やだよ。ドラマの再放送見なきゃいけないし、サトウちゃんと電話の約束してるし」
「そんなんいいだろ別に。ボール出させてやる」
「えー別にボール出させてくれなくてもいいよ」
「いいから出せっつってんだろボゲ!」
「えっ、なんで怒るのさ」

手の甲で目元を押さえると少しだけ濡れて、もう涙は出てこなかった。


「(影山のやつ、超睨んできたな…)なぁ清水、これってさ」
「大丈夫。気のせいじゃない」
「うは、マジか!やっぱそうだよな!いや〜田中と西谷怒るぞ〜」
「なんでお前が嬉しそうなんだよスガ」
「だって影山だぞ?あの影山だぞ?嬉しいべ?」
「親戚のおっさんかよ…」
「わはは旭におっさん言われた!おっさん上等ー!」
「おいおっさん、次その影山と試合だぞー」
「よーし負けねー」


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