花火


   それから数日後、郁ちゃんはすっかり元通り。むしろ前よりどこか吹っ切れた様子で元気に見える。本当に良かった。ありがとう水泳部。
   欲を言えば私も力になりたかったけれど、応援するならもっと別の形でなにか渡せはしないだろうかと考えて準備をしたものがある。いつ渡そうかなあ、とにやけながらコンビニの前でバリバリくんを頬張っていると聞き覚えのある声が暗い道の向こうから聞こえてきた。

「七瀬くん?」
「……ミョウジ?」

   やっぱり七瀬くんだった。その横には今日も隣のクラスの彼がいる。郁ちゃんから名前を聞いたことがあるような気がするけど、ええと、申し訳ないことに思い出せない。実をいうと五年生で転校してきた岩鳶小学校でも一緒だったのだけれど、なんせクラスが違うと関わりもないものだから、やっぱり思い出せない。

「確か、郁弥の隣の席の子だよね」
「え?私のこと知ってるの?」
「うん。郁弥と仲のいい子がいるなと思ってたから」
「わあ嬉しい!そうです、郁ちゃんのマブダチのミョウジナマエです」
「あはは、マブダチかあ」

   すごく爽やかで隣の七瀬くんとは対称的だ。おふざけ半分のマブダチ宣言にも笑って対応してくれる。一方七瀬くんは表情を一切変えない。郁ちゃんだったら「馬鹿じゃないの」って顔を赤くしているところ。いい人っぽい雰囲気だとは思っていたけど、私の目に狂いは無かったらしい。

「俺は橘真琴。よろしくね」
「うん!よろしくね橘くん」
「あ、もし良かったらミョウジさんも今からハルの家に花火やりに来ない?郁弥と旭もいるし」
「はっ、花火…!」

   なんて魅惑的なお誘いだろう。行きたい!とすぐさま口をついて出そうになったところで七瀬くんと目が合って、言葉に詰まってしまう。橘くんはにこやかにそう言ってくれるけど、七瀬くんの家って七瀬くん的にはOKなんだろうか。綺麗な青い瞳をちらりと控えめに見れば、七瀬くんは可愛らしく首を傾げた。

「来ないのか?」

   私が行くと返事をしないことの方が疑問だと言うような言い方だった。そんなふうに言われたらもう遠慮なんてしていられない。

「行きたい!あ、ええと、その前にお母さんに電話してくる!」
「じゃあ俺たちその間に花火買ってくるから」

   二人が自動ドアをくぐっている間にバリバリくんの最後の一口を平らげる。喫煙所の隣に設置されている公衆電話で自宅に電話をしてお母さんに許可をもらう。少し心配そうにはしていたが、自転車だし七瀬くんたちがここまで歩いてきたところを見ると、そんなに遠くはないはず。
   そうこうしているうちに花火を手にした二人が出てきて、自転車を引きながら後ろをついていく。お金を出そうかと言えば、橘くんが「俺の母さんから花火用に預かったお金だから気にしないで」とにこやかに教えてくれた。橘くんのお母さんの寛大さが橘くんにも遺伝していること間違いなしだ。そうなるとクールな七瀬くんのご両親が一体どんな人なのか気になってくる。郁ちゃんも「ハルの泳ぎは本当に凄いけど普段何考えてるかは分からない」と言っていた。思わずじいっと七瀬くんを観察してしまっていると。

「なんだよ」

   すぐに目があって観察は阻止されてしまった。またこくんと首を傾げる七瀬くん。郁ちゃんには負けるけど、なんだか彼も可愛いところがある。

「七瀬くんが泳ぐところ、見てみたいなあって思って。郁ちゃんがすっごく褒めてたんだよ」
「郁弥はハルの泳ぎに憧れを抱いてる感じはあるよね」
「……さあな」
「そう照れなくても」
「え?今の照れたの?」
「別に照れてない」
「ほお…?ふーん…?」
「なんだよ」
「いやあ、七瀬くんも可愛いな〜って思って!」
「………うるさい」

   七瀬くんの眉間に少し皺が寄る。私がはじめに郁ちゃんに対して抱いていたような、クールな印象の持ち主で、加えて独特な雰囲気を醸し出している。郁ちゃんならここで照れて怒るところだけど、どうやら彼は違うらしい。ますます七瀬くんのご両親が気になってきた。
   期待に胸を膨らませはじめたところで、七瀬くんのご両親が不在で三人が泊まりに来ているのだと橘くんから伝えられた。ちょっぴり残念。なんて肩を落としていたのも一瞬のこと。七瀬家に到着して驚いた顔をする郁ちゃんを見つけた途端、残念な気持ちなんてどこかへ行ってしまった。

「うおっ!ミョウジだ!」
「ナマエ?なんでここにいるの?」
「学校の近くのコンビニにアイス買いに行ったら二人に会って、一緒に花火しようって誘ってもらったの!七瀬くんに!」
「えっ、ハルに?」
「俺は言ってない」
「えー」

   すかさず否定されたことに口を尖らせる。あの感じだと半分は七瀬くんが誘ってくれたも同然だと思っていたのに。むくれていたらみんなが花火の準備を始めたので私も取り掛かることにした。

「とりあえず全部出そうか」
「あっ線香花火は最後にしようよ!」
「だよな!やっぱ線香花火は最後にやったほうが風情があるよなー!」
「旭に風情なんて分かるの?」
「分かるわ!馬鹿にすんなよ郁弥!」
「ふたりは仲良しだなあ」
「「仲良くない!!」」

   説得力がなさすぎる。出した花火を縁側に並べていく。郁ちゃんと椎名くんの口喧嘩、教室でいつもみる光景だけど、夜の七瀬家という非日常感のせいで特別に見える。橘くんのお母さん(やっぱり優しそうな人だった)が橘くんの弟くんと妹ちゃんを連れて来て、椎名くんが一発目の花火を着火したところでスタートした。

「郁ちゃん!火もらうね!」
「わっ、ちょっとナマエ!花火持ったまま飛びつかないでよ」
「ふふ、ごめんね」
「ふふじゃないし。怪我したらどうするんだよ」
「大丈夫!郁ちゃんのことは私が守るよ!」
「それは逆……って、ちがう、そうじゃなくって!」
「二人は本当に仲良しだね」

   橘くんがにこにこしながらこちらを見て言った。それはさっき私が椎名くんと郁ちゃんに向けた言葉だった。思わずきょとんとしてしまう。それは私だけではなかったようで、ゆっくり目を合わせた郁ちゃんも同じようにきょとんとしていた。それがなんだかおかしくって、私たちは同じタイミングでくすくすと笑いあう。今度は橘くんがきょとんとしていた。

「まあ……うん、そうかもね」

   返事をしたのは郁ちゃんのほう。ちょっと目を細めて、ぶっきらぼうに照れ臭そうに首の後ろを抑えながら。素直じゃないその返事が嬉しくて、胸の中がぎゅってなって、目が合った郁ちゃんにへらりと笑った。


  

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