日向は新たに登録された番号をじっと見つめていた。

「そういえば日向くんの連絡先知らないや。教えてもらっていい?」

昨日の騒動でめでたく自分の彼女となったみょうじさんにそう言われて念願の連絡先をゲットしたのは今朝のこと。付き合う以前は喉から手が出るくらい欲しかったのに、いざ手にして目の前にすると勇気が出ないのは何故だろう。みょうじさんとは朝練のあと、教室まで行くときに話したきり、会話らしい会話はなかった。昼休み含めた休み時間はお互いに友達と過ごしており、放課後の大半を日向は部活に注いでいる。昨日の放課後にみょうじさんにあったのだってただの偶然に過ぎないのだ。まあその偶然のおかげで彼氏の座を手に入れたわけだけれど。

「兄ちゃんどうしたの?」
「ん?んんんーーちょっとね」

ひょっこりと顔を覗かせた妹の夏は日向が睨み続けている携帯を目をやる。難しい顔をしている兄も気になるが、幼い妹にとっては自分にはないものを手にしていることのほうが気になるのだ。

「いいなぁ!夏にも携帯貸して!」
「あ、コラ夏!」
「わぁ!」

手を伸ばしてきた夏に携帯を触らせまいと、取り上げるように携帯を持っている手を振り上げる。慌てた拍子に手に持っていた携帯がピッと音をたてた。……ピッ?何が?ハッとして持っている携帯を見上げれば、プルルルプルルル、と断続的な機械音を発している。表示されているのは文字は、みょうじさん、発信中。まさか、と日向のこめかみに汗が流れたとき。ガチャリ。

「はい。もしもし」

「おわぁぁぁぁ!!!」
「翔陽静かにしなさい!」
「あ!だって!ちがっ夏が!!」
「ちがうよ!夏悪くないもん!」
「翔陽!!」
「あーもーッ!こんなことしてる場合じゃないんだって!」

リビングから逃げるように自分の部屋に入って思いっきり戸を閉める。バッと携帯を確認して通話中の画面を確認して、慌てて耳に当てると、向こう側からはくすくすと控えめな笑い声が聞こえてきた。

「もっ、もしもし!?」
「あ、日向くん?おかえりー」
「ただいま!えっ?あ、ただいま!」

隠しきれない動揺が口からボロボロと零れ落ちる。今朝同様にオロオロと落ち着かない様子の日向にみょうじさんは少しばかり慣れたようで、特に突っ込む様子もなくのほほんと会話を続けた。

「日向くんちって賑やかなんだね。妹さんいるの?」
「う、うん。そうなんだけど、あああゴメン!」
「え?なんで謝るの?」
「俺、みょうじさんの声聞きたいなって思ってただけなんだけど、あんな、バタバタ、うるさくして」

だんだんと語尾が小さくなっていく。耳のすぐそばで聞こえるみょうじさんの声と心の準備をしていなかった通話で日向の頭はもうすでにキャパオーバー寸前なのである。いっぱいいっぱいな日向とは裏腹に、携帯の向こう側にいるみょうじさんはまた柔らかく笑った。

「嬉しいよ。日向くんが電話してくれて」
「えっ、嬉しい?」
「うん。わたしも日向くんとお話したかったからね」

朝だけじゃちょっと物足りなかった、なんて。そんなことを言われて嬉しくないわけがない。日向は痛くなる心臓をギュッと押さえて「あ、う」と言葉にならない声を発する。

「日向くんの家って自転車で三十分くらいだっけ?」
「う、ウン!そう!」
「朝練のとき大変じゃない?早起き」
「大変!あ、けど、もう慣れた!」
「そっか、そうだよね。わたしもいつか行ってみたいな」
「え?いつか……お、俺んち!?」
「うん。ダメかな?」
「だっ、あ、ダメじゃないっ!!」
「よかったぁ。ふふ、楽しみ」

頭の中では何度も見てきたみょうじさんの笑顔が再生される。耳元で聞こえるみょうじさんの笑い声と重なって、余計に日向の胸を締め付けた。あの絶望の告白からこんな幸せな気持ちになれるだなんて誰が想像出来るだろうか。痛い、胸が、嬉しくてたまらなくて。この降り積もるばかりの幸福を形容できる言葉なんてひとつしかなかった。

「っ、みょうじさん好き!!」
「わぁ!」

プツリ、

「エッ…!?」

き、切られた……?
みょうじさんの驚いた声と同時に聞こえた遮断音。バッと携帯画面を見れば通話終了の文字が虚しく並んでおり、日向は愕然と肩を落とした。また自分は勢いだけで気持ちをぶつけてしまった、と瞬時に後悔の念に駆られる。どうしようかと恨めしく携帯を睨みつけているとピコンとメールの通知が鳴った。宛先は、みょうじさん。

ごめんね、照れちゃった。

「うわあああああ!!!」
「翔陽うるっさい!!」


↑↓


「……ってことがあったんですよ〜」
「それでそんなに表情筋緩み切ってたわけかぁ」

幸せ者め、と菅原は幸せそうにはにかむ日向を肘で小突く。しかし幸せそうなその顔は別の意味で真っ赤になっており、鼻にはティッシュが詰められている。日向の顔面レシーブの原因になった影山が少し離れた場所からこちらを睨みつけていた。

「うんうん幸せそうだな日向。彼女のこと大事にするんだぞ」
「キャプテン!あ、あざッス!!」
「けどな。部活中まで浮かれていいとは言ってないからな?」
「………ハイ、スミマセン」



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