himawari episode.03


   つくねのハンバーグ。野菜炒め。さつまいものサラダ。たまごやき。付け合わせにレタス、ミニトマト、ブロッコリーで彩られた大きなお弁当。その隣にはおかかと明太子のおにぎりが数個、別のタッパーにはフルーツも各種。たんぱく質カルシウム塩分諸々は(昨年怜くんが)計算済みだ。もちろん学校でも栄養学の授業は受けている。

「さあどうぞ!めしあがれ!」

   真琴くんがサポーター候補生として励むスイミングクラブ施設内のイートインスペース。私の声を皮切りに「いただきます」とみっつの挨拶が並び、三人分の割り箸が伸びてくる。戻っていったお箸はそれぞれの口の中へと運ばれる。美味しい、美味しい、美味い、と三人が感想が並んだのもほぼ同時だった。

「意外と料理上手なんだね、瀬戸さん。まあこれなら郁弥に出してもいいかな」
「もっと素直に褒めていいんだよ遠野くん」

   にこやかに、しかしあえて棘のある言葉を選択してくるのはなんて、この三人の中じゃ遠野くんしかいない。今の発言はなんだかお姑さんみたいだ。そう思っていると遠野くんの隣に座る宗介が「姑みてえだな」と全く同じ感想を口にしたのでくすっと笑ってしまった。

「茅、元々料理上手だけどさらに上手くなったよね。今日のも本当に美味しいよ」
「へへへ、一人暮らしの賜物かなあ」

   真琴くんに手料理を振る舞うのはもう数えきれないくらいで、その度に美味しい美味しいと褒めてくれる。今日も変わらずにくれる安定の褒め言葉に胸を撫で下ろしていると、野菜炒めを大きなお口へ運ぶ宗介とぱちりと目が合った。そういえば、宗介に食べてもらうのは今日が初めてだ。お店の場所とかは知らないけど、江ちゃんから実家が料亭だと聞いたことがある。さぞかし舌が肥えているに違いない。果たしてお口に合うのだろうか。

「美味い」
「ほんと?」
「わざわざお世辞言ったりしねえよ」
「わぁーい!やったー!」
「あ、宗介も茅の料理食べるの初めて?」
「ああ。料理出来るってのは凛から聞いたことあったけどな」
「松岡くんは食べたことあるんだ?」
「なんかハルんちで食ったって言ってた」
「一回だけね。遙の家にお裾分け行ったときに、凛が泊まりにきてて。そういえば宗介もお料理上手だよね!文化祭の!オムライス!」
「まあ、人並み程度にはな」
「遠野くんも料理好きだって言ってたよね。ブラウンシチュー、小麦粉から作ったりしてるって」
「へえ、なかなか本格的だな」
「最近上手く出来たのはローストビーフかな。意外と簡単でさ、ほら」
「わっ、美味しそう。さすがだね遠野くん」

   話しているうちにお弁当の中はどんどん減っていく。見せられたスマホを三人で覗き込むと、おそらく遠野くんの私物と思われるテーブルに置かれた美味しそうなローストビーフ丼が映っている。真っ先に反応を見せたのは真琴くん。あまりの本格具合になんだか負けた気分になりつつ、見切れている手ともうひとつの器に気を取られた。

「これもしかして郁ちゃん?」
「そう。郁弥の家だからね」
「へえー!」

   郁ちゃんの家、という何とも魅力的なワードに目が輝く。つまりテーブルも器もお箸も、遠野くんの私物ではなく郁ちゃんの私物ということか。ウォールナットに近い色のテーブルと背景に映る藍色のカーテンから連想出来るインテリアはシックで落ち着いたものばかり。一体どんな部屋に住んでいるんだろう。想像すればするほどさらに興味が膨らんでくる。

「瀬戸さん、郁弥の家行ったことないの?」
「えっ!ないよ!」
「郁弥が瀬戸さんの家に来たことは?」
「それもないよ」
「本当に?一回もないの?」
「え?うん?ないよ?」

   好奇の眼差しを向けていたせいか、遠野くんが不思議そうに聞いてくる。どうして二回も聞いてくるんだろう。何度聞かれても答えは変わらないのに。

「なんか、郁ちゃんがだめだって」

   どうしてとまで聞かれたわけではないけど、もし聞かれたとしたら理由はこれ一択だった。だってこの前もめちゃくちゃ、それはもう本当にめちゃくちゃ睨まれたし。怒られるようなことを言ったつもりはなかったんだけどなぁ。

「大事にされてんだろ」

   ぼんやり考えていると、そう言ったのは宗介だった。思ってもみなかった発言にきょとんとそちらを見るが、宗介はいつもと特別変わりない様子で、その言葉がさも当然かのようにしておにぎりを頬張っている。

「俺もそう思うな」
「そ、そう、なの?」
「うん」

   真琴くんが穏やかに、優しく笑って同意する。話の流れ的なものはちょっと掴めなかった。掴めなかったけど、大事にしてくれてるっていうのを自覚するだけじゃなくて、周りからも大事にされてるように見えるっていうのは、すごく嬉しい。

「大会後は郁弥に会えた?」

   ぽかぽかとした気持ちになっていると、さっきこちらに向いた穏やかで優しい顔の眉が少しだけ下がった。真琴くんは本当に優しいから、私が郁ちゃんと気持ちが通じる前からなにかと気にかけてくれる。

「会って、ちゃんと話したよ」
「………そっか。それなら良かった」
「うん!だから大丈夫だよ、真琴くん」

   郁ちゃんのことも、友達として選手として心配なんだろう。私の大丈夫にどれほどの説得力があったかは分からないけど、下がった眉がふわりと上がったのが見えた。

「ねえ瀬戸さん」
「ん?」
「僕さ、いいこと思いついたんだけど聞いてみない?」
「いいこと?」
「うん。とっても、すごくいいことだよ」

   今度は遠野くんがにこりと笑う。………どうしてだろう。真琴くんとは違って裏があるように思えるのは。若干疑いの目を向けながら遠野くんの言う『いいこと』に耳を傾ける。意外にもそれに賛同したのは真琴くんで、私が口を挟む間も無くあれよあれよと話が進む。それに伴ってお弁当箱の底が見える範囲も広がっていき、話が落ち着く頃には気持ちの良いくらい空っぽになっていた。
   お弁当箱が綺麗になる嬉しさは選手だった頃には知り得なかったことだ。久しぶりの感覚がくすぐったくて、嬉しくて、あたたかくて、「ごちそうさま」と声を揃えてくれる三人に手を合わせてお粗末さまでしたと丁寧に返事をした。



「茅、今日は本当にありがとう。ごちそうさま」
「ううん全然!頑張る三人の役に立てることほかに浮かばなかったから、喜んでもらえてよかった!」

   帰り際、真琴くんが施設の出口までわざわざお見送りをしてくれた。そうそう、何故私が今日真琴くんたちのスイミングクラブにお邪魔しているのかというと、つまりはそうゆうこと。今日はバイトも無く友達と予定も無く、真琴くんに連絡をしてみたところ、スイミングクラブで宗介と遠野くんの練習のサポートをするというのでお弁当という差し入れを持って激励に出向いたのだ。本当に喜んでもらえてよかった。お弁当を口に運ぶ三人の顔を頭に浮かべてにやにやと笑っていると、真琴くんが再びやや心配そうな表情になる。

「………ハルとも、話した?」

   表情以上に、声のほうが余程憂いを帯びていた。聞かれた内容ですぐ納得する。大会後の、遙の印象。表面上で言うなら思ったよりは元気だったという具合だったけど、質問にイエスかノーで答えるなら。

「宣言してきた!」
「えっ?宣言?」
「そう!強い人を強くするために、もっと強くなるって、今よりもっと頑張るって!」

   胸に拳を当てて高らかに言ってみせる。真琴くんにも筑前煮ありがとうの連絡をしたときにコーチのアシスタントの話はしてあるのでおそらく察してくれるだろう。もちろんそれだけじゃない。毎日時間を作ってコツコツ進めている勉強も、抜かり無く取り組んでいくつもりだ。

「茅らしいなあ」
「そうかな?」
「そうだよ」
「へへ、なんか照れますなあ」
「……………俺ね」

   自身の後頭部を撫でてわざとらしく照れの仕草をしていると、真琴くんの声の色が変わった。思考よりも反応の早い身体がピクリと反応して後頭部を撫でていた手が止まる。

「夢に費やしてきた時間では茅に及ばない。追いつくのは難しいかもしれないけど、それでも、」

茅に負けないように頑張るから。

   落ち着いていて、でもまっすぐなその声からは真剣だということが読み取れる。なんか、どこかで聞いたことのある台詞だ。

「難しいってことは、不可能じゃないってことか……!」

   頭の中心で真っ先に思ったことを素直に口にする。自分で言っておきながら、言葉にしたせいで余計にリアリティを感じてゴクリと息を呑むと「……っふ、あははっ」と真琴くんから明るい笑い声があふれるようにこぼれた。え?今笑うとこだった?瞬きをみっつくらいしながら真琴くんを見上げる。なんでもないよ、と首を横に振られてしまった。気になるところではあるけどそろそろ帰らなくちゃいけないので、まあいいかと考えを放棄した。

「一緒に強くなろうね。真琴くん」
「うん。なろう、俺たちも

−−−強く」



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