「えへへへへー」
「そんなに嬉しい?」
「すっごく!とっても!ありがとう郁ちゃん!」
「ああ、そう………よかったね」

    にやにやと緩んだ頬を一ミリも隠さずにスマホを眺める私とは裏腹に、ややげんなりとした様子の郁ちゃんはネクタイを結び直して帽子も被り直しており、スマホには同じ格好の郁ちゃんとのツーショットが写っている。
   どうしても制服を着た郁ちゃんと写真が撮りたい!とお願いして今に至るのだ。(もちろん二つ返事でOKなんてしてくれるはずもなく、三回くらい「やだ」って言われたけどね!)さっきまで甘い雰囲気の余韻でふわふわしていたのに、制服姿の郁ちゃんの可愛さで吹き飛んでしまった。もう一度見返してにやにやしていると、ひょこりと貴澄くんが顔を覗かせてきた。

「撮影会終わった〜?」
「なに撮影会って」
「ちがうの?」
「ちがうから」

   溜め息の混ざった声で郁ちゃんが返答する。ここは郁ちゃんたちのクレープ屋さんのテントの中。椎名くんは店頭でお客さんの相手をしている。

「貴澄か郁弥、ちょっと手伝ってくれよー」
「……僕がいくよ」

   と、そこで椎名くんがちょいちょいと手招きで二人を呼んだ。貴澄くんの揶揄いの視線が嫌だったのか、郁ちゃんがさっさと椎名くんの元へと行ってしまった。私もそろそろ戻らなくちゃいけない。あとは終わりまで店番して、片付けして、学科のみんなと打ち上げに行く予定。郁ちゃんとはもう、たぶん、顔を合わせないだろう。それどころか次に会えるのは大会が終わったあとかもしれない。
   ……うーん、ヨシダくんにはああ言ったし、心配という不安はないけど、さっき恋人同士の時間を味わってしまったせいかな。ちょっぴり、やっぱり、

「今寂しいって思ってる?」

   隣から心の内を言い当てる声がする。そちらを向くとにこりと穏やかに微笑んだ貴澄くんと目が合った。

「分かっちゃった?」
「もしかしたらそうかなあって。当たった?」
「当てられました!よく分かったね」
「昔に比べて随分女の子らしい顔になってたからさ」
「えっ、そ、そう?かな?」
「うんうん」

   昔、というのは遙のことを指しているのだろうか。女の子らしい顔ってどんな顔だ。エミちゃんにも付き合う前にそんなことを言われたことがある。自分ではよく分からないけど、そう見えてるんだからきっとそうなんだろう。照れくさくって、へらへらと笑って誤魔化してみる。

「なんだかんだ、郁弥も茅には甘いよね」

   まあ付き合ってるんだし当然か、なんて。どこか嬉しそうに貴澄くんが言うものだから気になって、首を傾げた。

「郁弥のファンっていうの?何人か写真撮ってほしいって子来たけど、全部断ってたんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ。愛されてるねえ、茅は」
「うえっ、あ、あああい、って!なに言ってるの!」
「えー?思ったことを言っただけだよ?」

   終始穏やかな貴澄くんが愉快そうにけらけらと笑いはじめる。だって、そんな、そんなふうに言う貴澄くんが悪いんじゃないか!反論したいのに言葉は出てこなくてジーッと貴澄くんを睨みつける。特に効果はなさそうだった。

「茅、そろそろ戻ったほうが……………なに聞いたの?」
「わお、郁弥は察しがいいなあ」
「絶対変なこと言ったでしょ」
「あはは!そんなに変なこと言ってないって」

   未だに笑っている貴澄くんは郁ちゃんのじとりとした眼差しをすり抜けて店番をしている椎名くんの元へと歩いていく。もうお客さんはいないみたいだけど。逃げるのが上手いなあという感心さえ覚える。

「茅は夜打ち上げだっけ」
「え、あ、うん!友達が美味しいとこ予約してくれてるんだって!」

   声にちょっとだけ緊張が混ざって、早口になってしまった。……もう、貴澄くんのせいだ。貴澄くんが変なこと言うからだ!内心ぷんぷんと怒っていると、特に私の様子を気に留めた様子のない郁ちゃんが気まずそうに視線を逸らした。

「…………それって、さっき言ってた人も来るの?」
「へ?さっき?………あっ」

   さっき言ってた人、とは。少し考えてすぐに思い当たった。多分きっと、ヨシダくんのことだろう。断ると宣言はしているし、もちろんその気持ちは一切揺らいでないけど、やっぱり気になるのかな。か、か、彼氏、として。

「ええと、そう、だね。模擬店参加の同期はみんな来るから」
「……………」

   あ、ちょっと、むうってしてる。

「………帰ったら、連絡して」

   視線は逸らしたまま、呟くような声でそう言われて、小さくなっていたふわふわとした気持ちがまた芽生えてきた。きゅうって。胸が切なくなる。どうしようもなく、浮かれてしまう。

「うん!でも遅くなるかもしれないから先に寝ていいからね。大会前なんだから身体優先!絶対に!」
「それは分かってるけど、あまり遅くならないでよ」
「………んふふっ」
「なに?」
「へへ、心配してくれてるのかなって思って!」
「…………当たり前でしょ」

   逸らされていた目がゆったりと戻ってくる。優しい瞳にますます嬉しくなって笑ってみせれば、郁ちゃんは首のうしろに手を当ててまた逃げるように目を逸らした。かと思えば、うわ、みたいな顔をする。なんだろう、と私も追いかけるようにそちらを見た。

「ほんと仲良しだね〜、ごちそうさま〜」
「二人が付き合ってんの改めて実感したっつーか、なんつーか、」
「うるさい馬鹿旭。仕事して」
「いやだからなんで俺だけなんだよ!」

   見守るようなあたたかい視線を送ってくれていた二人に気がつく。慌てる間も恥ずかしがる間もなく賑やかになった空気にたまらない安心感を覚えた。
   変わったことばかりじゃない。今朝、遙と真琴くんと同じ道を辿ったことも。凛と宗介とお喋りしたことも。昨日遠野くんと並んでた歩いたことも。それから目の前で、言い争いをする郁ちゃんと椎名くん。それを隣でつつく貴澄くん。何度も見た光景と何度も思い出していた光景にほっぺたがこれでもかというくらいに綻んだ。

   この穏やかな日々が頑張るみんなの糧になったら、すごく嬉しい。優しい時間が少しでも長く、続きますように。



てのひらで愛をなぞる fin!


- ナノ -