8.

忘れられない男の子がいる。

あれから五度目の春を迎えた。中学三年に上がる前に出した、最後の手紙の返事は未だに来ていない。


「おおー!エミちゃんスーツすっごく似合ってる!美人!」

岩鳶高校を卒業して、あっという間に一ヶ月が経った。引っ越しも落ち着き、東京でのバイト先も決めて、無事に今日の入学式を迎えることが出来た。

「はいはいありがと。茅も似合ってるよ」

推薦で陸上の強豪高校へ進学したエミちゃんとはここ霜狼学院大学でまた四年間一緒に過ごせることになった。それだけでも大学生活が楽しみになるには十分なくらいなのに、入学式が終わってから同じ学科だという女の子たちと早速仲良くなり、今からお茶の約束をしている。岩鳶中、高と一緒だったアヤちゃんとユイちゃんは地元の大学に進学して離れてしまったのは寂しいけれど、これからが本当に楽しみだ。

「お茶したあとは夕飯も行く?」
「あー、ええと、夜は約束がありまして」

わざとらしく頬を掻いて目を逸らしながら言うと、エミちゃんは呆れた顔をして小さな溜め息を吐いた。

「どうせ七瀬くんと橘くんでしょ」
「ありゃ、バレてた?」
「いやバレるわ。新居探すときも新居の鍵もらいに行くときもスーツ買いに行くときもスーツ取りに行くときも、ぜーんぶ七瀬くんと橘くんと一緒に行ったからって私の誘い断ったのは、一体どこの誰なのよ」
「あははは、あっ、そうだ!エミちゃんも一緒に行こうよ!」
「私はいいって。七瀬くんとか私のこと覚えてなさそうだし」

そんなこと気にしなくても、とは思うけど強制は出来ない。そっかぁ、と肩を落としているとエミちゃんがぽんぽんと頭を数回撫でてくれた。陸上部の部長を務めていたエミちゃんの面倒見の良さは健在らしい。嬉しくて、へらりと笑う。

「高校も岩鳶選んで、まさかここまで七瀬くんたちと仲良くなるとはねー」
「遙とは中一からずっとクラス一緒だったし、高校のときは席も近かったからさ」
「すっかり名前呼びが板についちゃって。中三のときの茅に教えてやりたいわ」
「そ、それはもう昔話だよ!」
「分かってるって。岩鳶高校陸上部マネージャー兼、七瀬遙応援団長なんだもんね?」
「えへへ……いいあだ名でしょ?水泳部の後輩くんが付けてくれたんだぁ」
「どうりでせっかく化粧も覚えて、こんなに可愛くなったのに、彼氏の一人も出来なかったわけだ」
「あ、上げて落とすスタイル……!!」

さっきまでのお姉さん的な表情はどこへやら。エミちゃんはにやにやと意地の悪い顔をしている。綺麗な顔の無駄遣いだ。むす、と口を尖らせていると向こう側からさっきお喋りした女の子たちが見えた。

「そういえば桐嶋くんとは、」
「瀬戸さん、カシワギさん!入学式の看板前で一緒に写真撮ろー!」
「あっ撮る撮るー!行こうエミちゃん!」
「はいはい」

嬉しいお誘いに乗って桜が舞う校庭を歩く。ポケットの中で震えたスマホをちらりと確認すると、中学から続けて高校生活を共に過ごした二人と作ったグループメッセージの通知だった。珍しく写真が添付されている。迷わず開いて見れば、そこには燈鷹大学入学式という看板の前でピースする貴澄くんと、無表情の遙が写っていて、思わず頬が緩む。

「−−−せっかく撮ったんだから、夏也くんに送ってあげなよ」
「これ送られてきても逆に困ると思うんだけど」
「困らないよ。絶対喜ぶって」

新入生で溢れている人混みの中を掻き分けて、やけに鮮明に聞こえてきた会話。気になって振り返ってみると、一瞬、何かに目を奪われた気がした。その何かを私は今まで何度も見てきたような。しかし目が合ったのは眼鏡をかけた見知らぬ男の子。あれ、気のせいだったかな。不思議な気持ちを抱えて足を止めていると「茅ー?」と少し先を歩いていたエミちゃんに名前を呼ばれた。

「あっ、ごめんね!今行く!」

慌てて一度止めた足で再び地面を蹴った。先ほど目が合った男の子が、人混みに紛れて見えなかった人物と会話をしていた内容なんて私は知る由もなかった。





「日和?どうしたの、急に立ち止まって」
「いやぁ、ちょっと知り合いがいた気がして」
「………声かけなくていいの?」
「うん。僕が直接知り合ってるわけじゃあないしね」
「何それ」
「いいからいいから。行こうよ郁弥」


- ナノ -