「ナマエちゃんは何に決めたのー?」
「へ?なに?」

ポリポリとポッキーを頬張っていると隣の席の及川がひょっこりと顔を出してくる。決めたって?なに?と首を傾げると及川も釣られたように首をかくんと横に倒した。質問の意味も返ってきた反応も意味が分からずにポッキーをただひたすら食べ進める。

「……ちょっと待った!」
「ん?」
「何呑気にポッキー食ってんの!そんな場合じゃないから!!」

机に置いてあったポッキーを掻っ攫われる。乱暴だったせいか残っていたポッキーが無残にパキッと折れた音がしたけれど、そんなことが気にならないくらい今は及川の剣幕が恐ろしい。

「どうしたの及川、顔怖いよ」
「怒ってるからね!」
「ええと、一体なにに?」
「今日何の日だと思ってんの!そうだね六月十日だね!」
「知ってる。まだなにも言ってないよ」
「何の日かまでは知らないでしょ!」
「……うん?」

今日は確かに六月十日である。六月は梅雨のイメージだけど天気は雲ひとつない快晴。雨の日特有のジメジメとした暑さもなく、カラッとしたいい暑さだ。今日の印象はこんな感じだけど、どうやら及川の言いたいことは違うらしい。

「今日誕生日なんだよ!」
「えっ及川の?あれ、七月じゃなかったっけ?」
「覚えてくれたんだねありがとう!けど違うから!」

もうなんでこんな子が岩ちゃんの彼女なの!と及川が頭を抱え出した。なんでそこでわたしの彼氏である岩泉の名前が出てきたんだろう、と不思議に思ったところでふと気付く。……もしも、今思い浮かんだ合っているのなら及川がプンプンしている理由も岩泉が出てきた理由も繋がる。いや、でもそんなまさか。

「……もしかして、今日って岩泉の…?」

おそるおそる質問してみる。全力で頷いた及川に今度はわたしが頭を抱えた。


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しくじった。岩泉と付き合って一年は経過していないので、去年の今日はまだ彼氏彼女という立場ではなかったのだ。片思いをしている間はいつか絶対に誕生日を知りたいと思っていたのに、いざお付き合いをしてみれば一緒にいるだけで心が満たされに満たされまくっていた。この数ヶ月で岩泉の知らなかった部分をたくさん見ることが出来たし、それはそれでいいのだけど今は置いておかなければ。岩泉の好きな食べ物が揚げ出し豆腐だったことはきちんと記憶している。しかし、揚げ出し豆腐を今すぐ用意出来るかと言われれば答えはノーである。困った、非常に。バレー部の練習が終わるのを待っている間に唯一用意出来たのは自動販売機で買ったスポーツドリンクだけ…って馬鹿か!

「おい、ミョウジ」
「ぎゃっ!?」

突如後ろから声をかけられて肩がビクッと大袈裟に跳ね上がる。そのまま勢いよく振り返ると、部活を終えたらしい岩泉がバレー部のジャージを着たままで立っていた。ふんわりと香る制汗剤の匂いに少しだけクラっとする。

「ぎゃって、そんな驚くなよ」
「岩泉!さん!?」
「なんでさん付けしてんだ」

どうしたお前、と顔を覗かれる。いつもはここでキュンとするところなのに、今日はサッと血の気が引いた。これは罪悪感だとすぐに気付く。申し訳ない気持ちでいっぱいになっていると、岩泉の眉間に少しだけ皺が寄った。

「……なんかあったか」
「え?」
「そんな顔してんの普通じゃないだろ。なんかあったんなら言えよ」

頼りねーかもしんねぇけど、と付け加えた岩泉にぶんぶんと首を横に振って否定を示す。岩泉が頼りないなんて一度だって思ったことない。何事もなかったように歩き出そうとする岩泉の鞄の紐をくいっと引っ張って引き留めると、岩泉がこちらを振り向く前にペットボトルを押し付けた。岩泉はキョトンとしている。

「誕生日なの知らなくて、これしか用意出来なかった」
「あ?あー…って、もしかしてそれで落ち込んでんのか」

そのもしかして、である。こくんとひとつ頷いて岩泉を見上げると少し気まずそうに、いつもより膨れ上がったバックを背中の後ろにやった。多分バレー部員とか、クラスの友達とかからもらった誕生日プレゼントが入っているんだろうな、と予測がつく。気を遣わせたくて買ってきたわけじゃないんだから、わたしはわたしなりに精一杯岩泉への想いを告げなければ。彼女として、友達だった今までの分も。

「いつもありがとう。大好きだよ」

これがわたしの、今の精一杯だ。

「……岩泉?」

しばしの沈黙、の後にゆっくり名前を呼んでみる。顔を上げた先にいた岩泉は耳まで真っ赤になっていて。

「…ばっ!今コッチ見んな!」
「わあ!」

びっくりしているとさらにびっくりなことに、岩泉の腕の中に閉じ込められてしまった。あの真面目で人前じゃ絶対にくっつかないとオーラで訴えてくる岩泉が。手をつなぐのすら人目を気にしている堅物の岩泉が。学校という公共の場でぎゅうぎゅうと痛いくらいに抱きしめてくる。信じられない今の状況に心臓はバクバクとうるさくなっていく。

「岩泉!ここ、まだ学校!」
「誰もいねぇよ。あいつらもまだ部室だし、当分来ねぇし」
「そ、そうなの……?」
「……つーか、しばらく出てくんなって言ってきた」
「えっ、それは、」

それは、の続きを言いかけて口を紡いだ。と言うより岩泉の顔が恥ずかしいから言うなと告げている。ならば代わりに「岩泉大好き」ともう一度呟けば包んでいる腕に力がこもった。

「もう、十分知ってる。だから誕生日なんて些細なことだと思って、聞かれてねぇから言わなかったんだよ」
「……けどやっぱりちゃんとプレゼントあげたかったなぁ」
「じゃあ来年期待してっから」

照れ臭そうに笑った岩泉目掛けて背伸びをする。ギリギリ届いた唇が岩泉の唇にくっついて、また真っ赤になる岩泉にわたしは当然だと笑ってやった。


20170610
HappyBirthday Iwaizumi Hajime



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