「ナマエ、もうちょっとこっち来て?」
「……」
「もーせっかく二人っきりなのに。そんなに離れてたら廻くん寂しいよ〜」
「……」
「……ありゃ、これもだめか」

   広げていた両手をおろして、困った様子で自分の前髪を指先でいじる廻くん。しかし生憎困っているのは私も同じ。というか、私のほうが困ってる。だからこそこうして部屋の隅っこで丸くなって、ベッドに背中を預けて座っている廻くんから出来るだけ距離を取っていた。

「どうしてもダメ?ぎゅってするの」
「だめじゃないけど…だって廻くんが…」
「俺がなに?」
「め、廻くん、が…」
「うん」
「……え…えっちなこと、するから」

   尖らせた口でぽつぽつと呟くと、廻くんは「うーん…」と目を逸らしながら唸ってから、誤魔化すようにへにゃっと笑った。心当たりがある反応だ。むしろ、心当たりしかないはずだ。今日みたいに廻くんの家に来て、キスをしている最中に廻くんの手が私の胸に触れたのはつい一ヶ月前の出来事だったんだから、忘れているわけがない。
   自分以外の人に胸を触られた経験なんてない私はびっくりして、悲鳴も上げられずに固まった。廻くんはすぐに『ごめん。勝手に触っちゃって』って謝って手を退けてくれて、私も『大丈夫』って言ってその日は終わったんだけど。以来、廻くんに触られることを警戒するようになってしまった。
   理由はもちろん、恥ずかしいから。怖いとか嫌だとか後ろ向きなことはそんなに思わなかったけど、廻くんが男の子の目で私を見てるって気がついて、すごく恥ずかしくなった。身体が反射で避けちゃうし、二人きりになっても距離を取らないと落ち着かない。廻くん本人には嫌な誤解を与えないようにそのことは伝えていたし、廻くんも『分かった。ごめんね。もう急にあんなことしない。約束する』と納得してまた謝ってくれた。

『そろそろぎゅってしたいから、うち来ない?今日は優もいるしさ。だめ?』

   廻くんが寂しそうに私の制服をつまみながらそんなお誘いをしてくれたのは、今日のお昼休み。待てをされた犬みたいな、はたまた怒られたばかりの小さい子みたいな。仕草と表情にまんまと乗せられて、無意識にいいよと返事をしていた。
   しかし問題はここからである。約束どおり訪れた放課後の蜂楽家に人気はなく、とても静かだったのだ。お母さんいるって、言ってたのに。このことを予想をしていなかったのはどうやら廻くんも同じだったみたいで、すごく申し訳なさそうに眉を下げながら『外行こっか。ファミレスでも行く?』と笑顔を浮かべた。
   もしここで頷いてしまったら、廻くんにずっとこんな顔をさせて、気を遣わせ続けるのかと思ったら、急激に自分に腹が立った。私も廻くんと二人で過ごしたい気持ちくらいちゃんとある。急に何かしないって約束もしてもらってる。いろいろ考えたのち、廻くんの気遣いを蹴って今に至るんだけれども。
   ……でも、いざ、二人きりの部屋になったら、結局身体がかちんこちんになってしまったし、縮こまって隅っこからも動けなくなってしまった。なにやってんだろう、と自分でも思う。

「…やっぱり怖かった?」

   こてんと首を横に倒す姿もしょんぼりした顔もとても可愛らしい。可愛らしいのに、どうしようもなく男の子にしか見えない。でもやっぱり不思議と怖いという気持ちはこれっぽっちもなかった。恥ずかしさと戸惑いだけが、頭のなかをぐるぐる巡る。

「怖いんじゃなくて……すごい、びっくり、した。…廻くんも、そ、そうゆうこと…あの…興味、あるんだなって」
「あるよ。ナマエのこと好きだもん」
「あ…えっ、あ…」

   まっすぐに言われて返す言葉をなくした。ほっぺたが熱い。男の子の目で私を見ているんだと今まで直接廻くんに言われたわけじゃなかったから、そんなふうに言われたら余計に困惑してしまう。

「ナマエが嫌ならなんにもしないよ俺。ちゃんと我慢する。約束したっしょ?……でも抱きしめれないのは寂しいから、こっち来て?」
「……」
「ね、お願い」
「もう…わ、わかったよう…」

   真面目な顔で改めてお願いされてしまえば、首はもう横に振れなかった。私も廻くんが抱きしめてくれるのは大好きだ。あったかいし、顔に似合わずがっしりした腕がいつも優しくて、すごく安心する。もう一ヶ月もあの腕の中にいなかったと思うと、とても寂しい気持ちになる。
   萎縮しまくって固くなった身体をなんとか立ち上がらせて、再び腕を広げる廻くんの元へゆっくり近づいていく。廻くんからは来ないで待ってくれているのは、私のペースに合わせてくれている廻くんの優しさだ。
   膝を立てて座っている廻くんの間に入り、脇の下をくぐって背中に手を回す。私が抱きついてから廻くんの手も私の背中に回されて、首元に頭を埋められる。久しぶりに感じるぬくもりと、廻くんのにおいが肺をいっぱいに満たして、寂しがっていた心臓をきゅうと切なくさせた。

「はー…やっと抱きしめられた。ナマエ不足で枯れちゃうとこだったよ〜」
「ん…ふふ、廻くんの髪くすぐったい」
「キスは?キスもだめ?」
「だっ…だめじゃ、ないよ…」

   首元から顔を上げた廻くんに至近距離でおねだりされて、拒否出来るわけがない。そうでなくとも、拒否なんかしない。私も廻くんとキスしたかったから。

「ん…」

   一度触れて、すぐに降ってきた二度目の口づけに息が漏れた。奔放で幼い少年みたいな笑顔を浮かべる普段からは想像しがたいほどに、やわらかくて熱い唇。久しぶりに触れ合うからか心拍数が異常に上昇する。
   離れてはくっつくを何度か繰り返している間に、背中にあった廻くんの片方の手のひらがするりと頬を通って後頭部へ回った。途端、ぬるりとしたものが唇に触れる。驚いた拍子につい身を引いてしまったけど、後頭部にある手のおかげでそれは叶わず。
   ゆっくり口を開いて応えると、縮こまっている舌に柔い舌先がゆったりと這わされて背中が震える。背中が、ぞくぞくする。

「は……ふっ…」

   くちゅ、くちゅ、と口の端から漏れる音に耳を塞ぎたくなる。けど、背中に回した手で廻くんの制服を掴むので精一杯だ。
   しばらく翻弄されることに身を任せていると、するりと舌が退いて、最後にちゅっと触れるだけのキスをされた。いっぱいいっぱいだったくせに終わりだと分かると妙な寂しさが身体に残る。しかし、潤んでいて曖昧な視界に映る廻くんの黄色い瞳は、まだ確かな熱を持っていた。

「ナマエ、ちょーっと舌出せる?」
「……」
「んー、もう少し」
「……」
「…ふふ、かーわいい」

   恥ずかしくて声にならない。控えめに舌を伸ばせば一瞬ふわっと口元を緩めた廻くんの可愛い顔がまた近づいてきて、ぱくりと食べられた。ぢゅう、と吸われた途端に身体がびくっと揺れる。そしてその拍子に、気がついてしまった。膝のあたりになにか、かたいものが。

「っ…め、めぐ、廻くん!あ、あのっ!」
「ん?ありゃ、ごめんね。この体制だと当たっちゃうか」
「ひっ」

   あ、あけすけ…!!あ、当たっちゃうって、そんな、そんなモロに言われたら、なんて返したらいいのか分からない。分かるわけない。廻くんが初めての彼氏だし、キスだけでもこんなにへろへろになっちゃうし。言葉の代わりに出てきた悲鳴のような怯えた声に廻くんの眉がしょんぼりと下がる。

「ナマエとのキス、気持ちよくって。キス以上のことは絶対しないから、許して?」
「っ…う、うん…」
「よかった。じゃあもう一回しよ?」
「えっ…!んうっ」

   このままで?!と反論する時間を与えられることはなく唇を奪われる。しかもそのまま押し付けるように前のめりになられてしまえば、私の身体なんてあっさりと床に転がった。両手を縫い付けるように恋人繋ぎにされて、しばらく口内を好き勝手されたのち、廻くんが身体を起こす。
   転がった拍子に廻くんが脚の間に割って入り込んできた。視界には、天井と廻くんだけが映る。太ももがやけにスースーして、スカートがめくれかけているのが感覚で分かる。というか、めくれちゃってる、気がする。これじゃあまるで、押し倒されてるみたいだ。みたいじゃなくて、そうだ。処理が追いつくと同時に恥ずかしい気持ちが一気にこみあげてきて、早く直そうと身をよじるけど、私の両手をぎゅっと繋ぐ手が許してくれない。

「わ、白だ。かわいい」
「めっ…廻くん!これ以上はもうっ…!」
「大丈夫。キスしかしないよ。…まだだぁーめ、なんだもんね?」

   うっとりと、にっこり笑う無邪気な廻くんにびりっとお腹のあたりが甘く痺れた。廻くんが唇を寄せてきたときに、下着と廻くんのズボン越しにそれが擦れて腰が跳ね上がる。廻くん、と名前を呼ぼうとした声は再び食べられてしまった。我慢させられているのは廻くんなのか、それとも。


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