角名くんってナマエに気があるんとちゃう?

「角名くん?あの角名くん?」
「あの角名くんってほかにどの角名くんがおんねん」
「角名倫太郎の角名くん?」
「だからほかに誰がおるんって」

   ポク、ポク、ポク、チーン。頭の中で奏でていた木魚の音が止む。と同時に私はヒラヒラと手の平を横に振った。

「いやいやそんなわけないやん」
「ええ?そーお?」
「そうに決まっとる」

   お弁当を広げた机を挟んだ向こう側から、訝しげにこちらをジットリ見てくる友達に否定を続ける。私からしてみればなにを根拠にそんなことを言いだしたのか不思議に思いたいところなんやけど。去年から同じクラスで、二年になって初めて隣の席になったことから関わる時間は増えたし、角名くんと話をしているのはとても楽しいけど。惚れた腫れたの雰囲気になったことは一度もない。ちなみに今はどこかへ行っているのか話題の中心人物は席を空けている。

「絶対そうやと思ったのに。ナマエといるときの角名くんってめっちゃ楽しそうやし」
「楽しいのとは別物やろ。角名くんって意外と喋りやすいし」
「んー、まあ、確かになぁ」

   どうしても色恋沙汰にしたいらしい友達は顎に手まで当てて考え始めた。考えたところでどうにかなるものでもあらへんのに。

「なんか今俺の話してた?」

   ここでまさかのご本人登場。思わずビクッと肩が跳ねたけれど、特に気づかれることはなく一安心だ。

「角名くんが優しいって話しててん」
「なにその嘘くさい話題」
「あながち間違ってないよ」
「あながちって。やっぱり嘘じゃん」

   特に顔色を変えずに軽快な会話を繰り広げてくれる角名くん。噂話をされるなんて気分が良いものやないよなぁ、と考えていると、にやけた友達が頬杖つきながら角名くんを見上げている。

「角名くんって好きな人おるんかなっていう話しとって。なっ、ナマエ」
「へ?あー、うん、そんな感じやな」
「……ミョウジがその話しはじめたの?」
「うん……?」

   否定とも肯定ともしがたい頷きをしてしまう。「えー……」と少し意味深そうに口元を隠す彼を見て首を傾げる。様子が変わったのを見逃さない友達がすかさず「それでどうなん角名少年」と質問を投げかける。一体どこから目線なのか。

「うん、いるよ。好きなやつ」

   ほんの少し顔に緊張を孕ませて答えてくれた角名くんにごくりと息を呑む。ええなぁ、素敵やなぁ。残念なことに高二になってからはそういったことから疎遠になっていたので、そんな角名くんを見て不覚にもきゅんとしてしもうた。最近ろくに読んでいない少女漫画を読んだ気分だ。角名くんにハッピーエンドが訪れてほしいと心の底から思った。




   やっぱ角名くんってナマエに気ぃあるわ。

   なんでやねん、と友達からこっそり送られてきていたメッセージに突っ込みをいれる。角名くん好きな人おるって私たちの前で証言していたのに、どうしてそこに辿り着いたのか不思議でしょうがない。

「ミョウジ、日誌書けた?」
「おっと」

   あかんあかん。こんなメッセージ画面、見られたら溜まったもんやない。黒板周辺の作業をしてくれとった角名くんがこちらに歩み寄って来たので慌ててスマホを閉じて机の中に放り込む。

「今なんか隠した?」
「んー?隠してへんよ?」
「目泳ぎまくりじゃん。分かりやす」

   フッと笑う角名くんに図星をつかれて口を閉ざす。今は放課後、私の角名くんは日直で教室で二人きりという状況なわけやけど、もちろん友達が期待するような甘い雰囲気なんてもんは一ミリたりともあらへん。

「で。日誌書けた?」
「まだ。なに書いたらいいか分からへん」
「適当に書けばいいよ。今日はいい天気でしたって」
「いや適当すぎやろ。っていうかいい天気ちゃうし。めっちゃ曇っとるし」
「そこ真面目なんだ」

   そう言って口元に笑みを浮かべた角名くんは自分の席である隣に腰を下ろす。

「っていうかごめん。角名くん部活やんな?行ってええよ。私あとこれ書いて出しとくし」
「ミョウジだけで書いてたら日が暮れそう」
「暮れへんし!ぱっと書いてぱっと出すし!」
「じゃあ早く書いて。日直の仕事ほっぽってきたとか、うちの主将にバレたら怖いから」

   ああ、なるほど。たしかに真面目という意味で怖いと有名なバレー部の部長さんは怒るかもしれない。ええと、とりあえず、今日は曇りやった、と。その一文を書き上げると隣からぷっと小さく吹き出す音が聞こえた。もちろん音の発信源は角名くんしかおらん。

「マジで書くんだ」
「角名くんが書けばって言うたやん」
「言ったけど」

   相変わらず彼はゆるゆると笑っている。角名くんと話すんは本当に楽しい。楽しいけど、もし本当に角名くんが特別な感情を抱いている相手が私やったら、こんな和気藹々と過ごさへんやろ。教室で二人きりなんて、それこそ何かありそうなシチュエーションなのに。
   ………あかん。友達が懲りずに何回もあんなん言うから変に気になってもうてきた。角名くんの好きな人、私やったらええのにって。一瞬、ほんまに一瞬だけ思ってしもうた。期待してるみたいで恥ずかしい。

「さっき隠したのって、彼氏?」
「へ?」
「スマホ。隠したじゃん」

   すまほ?最初の質問の意味が分からへんくて一瞬なんのことかと思った。少し考えて、ああ、と納得する。つまりはスマホを隠した理由が彼氏からのメッセージかなんかじゃないかと。多分そう言いたいんやと思う。

「ちゃうよ。ふつうに友達」
「いつも昼飯一緒に食ってる?」
「うん」
「俺の好きなやつがどうとか話してた子?」

   頷こうか迷って、沈黙が生まれる。普通に頷いたらええのに何故かすぐに「うん」って言えへんかった。何故か、なんてほんまは嘘。さっき一瞬芽生えた期待みたいなんがまたちょっとだけ顔を出したから。いつも飄々としとる角名くんが、前みたいに緊張を含んだ顔をするから。

「うん」

   いろいろ考えてからやっと頷いた。あかん。これはもう、いたたまれない。

「あの子が角名くんの好きな子、私ちゃうかって、メッセージ送ってきてん」
「へえ」
「そんなん角名くんに、見せられへんやろ」

   いっそ全部ぶつけたろ思って、ペンの進まない日誌に視線を落としたまま半ばやけくそ気味に言い放つ。角名くんのほうを見るなんて出来へん。私がなにかしたわけでもないのに、顔が熱いんやもん。

「そうだよ」
「え」
「って言ったらどうする?」
「え………え?はっ!?なに!なんて?」

   バッと音がつきそうなくらい勢いよく隣を見る。目が合った角名くんはいつもどおり、ほんまにいつもどおり薄く笑っていて、何が起きたか理解した頭に血がのぼる。恥ずかしさなんか、怒りなんかはよく分からへん。

「かっ、からかわんといてよ……!!」
「先に勝手に俺の噂話してたのそっちじゃん」
「私はしてへん!友達が言うてただけ!」
「まあからかってないんだけどね」
「は、」

   耳を疑って、呼吸が止まる。からかってないって、どっちなん。からかってない=さっきの「そうだよ」は本当って意味になるってこと、角名くんは分かって言ってるんやろうか。

「その友達、勘鋭いね」
「え?待って、なん、どうゆうことなん」
「逆にミョウジは鈍いね」
「ねえ、まってって!またからかっとるやろ」
「だからからかってないって」

   知らないうちに外堀が埋まってたのは嬉しい誤算だったけど。
   なに言うてんの、って返した声は緊張も羞恥も含んで震えとった。ぐるぐる考えている私を置き去りにして角名くんはどんどん話を進めていく。話がいっこも追いつけへんのに、一度合わせてしまったその瞳から逃げることもかなわんくて、どうしようもなかった。

「ミョウジ、俺が横座ってからずっと顔赤いけど、気づいてる?」

   その問いにぶわぁっと全身が熱を持つ。図星だ、と。震えたり熱くなったりする身体のあちこちが肯定を示している。はいそうなんです、と素直に認めることはまだ出来ない。だってまだ、角名くんの本当の気持ちは、分からへんままやから。

「き、気づいてへんし、赤くなってへん!」
「なんで嘘つくの。まあいいけど、とりあえず彼氏はいないってことでいい?」

   もしそうなら、今からミョウジに告白するから。そう言った角名くんの口元はやっぱりゆるく薄く笑っていたけど、ほっぺたは少し赤くなっていた。もうそんなん、私も認めるしかないやん。ってゆうか日誌ちっとも進められへん。




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